「わぁ!」
「すごい…!」
パキパキ、冷気が足元から伝わり、ヴェノムヴァンデモンの体は完全に凍り付いた。やったのか、と子供たちの顔に少し笑みが浮かんだ。
「…ううん…だめだ、あれじゃ」
栞は眉を寄せて、ぎゅ、と胸元をつかんだ。――あれでは、アンデッドデジモンの王に膝をつかせることは。
凍り付かせた、はずだった。否、凍り付いたはずだった。だが、理性も何もなくなったアンデッドデジモンの王は、力任せに氷の戒めを破いてみせた。
大きさもさることながら圧倒的な力を前に、同じく圧倒的な力を手にしたヴォーグレイモンとメタルガルルモンに苦痛の表情が浮かんだ。
「そんな…!!」
「なんてやつなんだ…!!」
「ヨクモォ…ヨクモヤッタナァ…!!ヴェノムインフューズ!!」
怒りに身を任せたヴェノムヴァンデモンは、必殺技のヴェノムインフューズでまわりの破壊活動を開始した。―悪夢だ。ヴォーグレイモンとメタルガルルモンが必死に食い止め、子供たちは逃げ回るが、途中落ちてきた建物の一部によって動きを止めてしまった。
くそ、と歯切りをしたのは太一だった。
ともかく、今は急いでビッグサイトに残っている他の仲間たちと合流しなくては。彼らはテイルモンの言葉通り、力を蓄えてくれているはず。今ならきっと進化もできる。力を合わせれば、きっと。今までだってそうしてきたのだ。――そのたび、キセキはおこった。再び、その奇跡を、本物に変えるのだ。
「みんなと合流するぞ!そうすればきっとなんかの手はあるはずだ!」
彼の言葉はいつだって勇気に満ち溢れていたから、勇気の紋章は、まぎれもなく彼のものだ。彼の言葉は正しい。今すべきことは、確かに他の仲間と合流すべきことだと思う。けれど、どうしたら合流できる?―ヴェノムヴァンデモンが暴れている今、こちらから行くことは不可能に近い。向こうからきてくれるのを待つしかできない。しかしそんなに簡単に、すぐきてくれるとは考え難い。
(みんなが来るまでに、やられてしまうかもしれない。だって私は何もできない。…本当に?)
デジタルワールドへ行ったのが、ずいぶん昔のことのように感じる。と、栞は場違いなことを考えていた。もちろん、あちらとこちらでは時間の流れが違うので、ずいぶんと昔のことになるのかもしれないが、そんなこと今は関係ないだろう。
そう、ともかくも、自分はそこで仲間を得たのだ。見知らぬ土地でともに励ましあい、ときには喧嘩をし、だがともに生きていた仲間だ。
―何もなかった自分だった。友と呼べる存在も、実は他人によって作られたもので、けれど彼女は確かにあの場所で栞の本当の友になった。栞は彼らから確かに勇気をもらい、愛情をもらい、友情をもらい、知識をもらい、誠実をもらい、純真をもらい、希望をもらい、そして戻ってきたこの日本の地で光をもらった。そして彼女は、愛する家族を、得たのだ。何もなかった自分には、誰もが羨ましがるような、素敵なものばかりで満ち溢れた。―壊されたくない。失いたくない。
(独りだったら叶わない願いだ。でも私は一人じゃない。仲間がいる。必ず仲間は、みんなは、きてくれる。それまで、少しでも時間稼ぎになれれば――)
だから、栞は、立ち止り、深い息を吐いた。目の前には、衝動のままに破壊活動を繰り返す悪しきアンデッドデジモンの王。―足がふるえるほど怖い。歯がカチカチ、と音を立てる。
でも、それでも。
「――これ以上、これ以上、このせかいを壊させたくない…」
ゆっくり、たしかに、かみしめるように。彼女はつぶやいた。
脳裏に浮かぶのは、このデジモンによって怖い思いをした子供たち。恐怖の末に子供と離ればなれにさせられ、今は儀式の贄となって眠っている大人たち。ともだち。その傍らで、苦痛の表情浮かべる、仲間たち。家族。
「あなたが私の大切な人たちを傷つけるなら、悲しませるなら」
研ぎ澄まされた神経が、彼女の存在を自分の中で確立させた。私は――「守り人」。あの世界の秩序だ。
凛とした気高い姿は、紛うことなき、秩序の証。
瞳が爛々と赤く輝く。ふわりとどこからか風が吹いた。
「私は、――私はあなたを許さない」
アンデッドデジモンの王の動きが、とまった。
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