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 彼女もヴェノムヴァンデモンも、ただじりじりとにらみ合うだけで、一歩も動かなかった。つぅ、と汗が頬を伝う。
 ――今ここで目を反らしたら、飲まれる。一瞬の猶予もあたえられない。


「一体栞さんは何をしているんですか?」
「…栞はデータの線ヲつなイでいルんダ。ソレは見えナい戒めの鎖となッて、アイツの体ヲ締め付けル」
「鎖、?」


 ただにらみ合っているようにしか見えないが、そのにらみ合いの中で栞は決して動かせまいとデータとデータを繋ぎ合わせ、鎖を作っていた。
 先に動いたのは、ヴェノムヴァンデモンの方だった。見えない鎖に体の動きが制御されているようで、ひどく不愉快だ。引きちぎってやらねば、動けない。考える脳ももはやない。ただ本能だけで生きるこの体を誰よりも嫌っていたのは、ヴァンデモン自身だったのかもしれない。もがくように体を揺すり、駄々っ子のように地団駄をふみ、それから幾度も腕を動かした。大きな体であるから、些細な動きでも突風を巻き起こす。その突風はエンジェモンやエンジェウーモンたちを巻き込んで、彼らを地面にたたきつけた。悲鳴が聞こえる。
 けれど、栞は目を反らさなかった。まっすぐヴェノムヴァンデモンを見つめ、唇をかみしめた。風によって頬に小さな傷ができても、彼女は目を反らさなかった。


「約束、したの」


 小さな声が、荒い息をもらした。
 世界が赤く染まっても、その場所をただ守りたかった。やり方を間違えても、ただ、あの子たちをまもりたかった。あの子たちが住む場所を、まもりたかったから。





「栞――」


 そんな、彼女の姿を、一馬は呆然と見た。いつまでも守ってやらなければならないと思っていた。 守ってやるつもりだった。支えなければと。しかし彼女はもう一人でしっかりと地面に足をつけ、しっかりと立っていた。その背中が大きく見えた。
 本当はもうなにもするなって言いたかった、止めたかったけれど、先ほどの会話が一馬の脳内をよぎった。


―――…きっとあれは強い闇に反応する。君の力を欲して、君を求めるよ。…僕は絶対に反対だ。これ以上、君を危険な目に合わせるわけにはいかない。


 白いかたまり―イヴモンの強い意志のともった瞳は、ただまっすぐ栞を見つめていた。自分と同じように、ただ栞を心配するイヴモンに一馬は眉をよせ、栞の言動を見守った。


―――……でも、私がやるしかない。…そうだよね?
―――……っ…栞!
―――…ねえ、あのね、イヴモン、おぼえてる?初めて会ったとき、あなたは私に言ったよね。私の願いは、すべて、かなうって。


 彼女は優しく、穏やかにわらった。すべてを知って、すべてを守ると決意した、あの日と同じ笑顔だった。イヴモンは戦慄した。
 はじめて自分という“かたまり”に命をくれた。名を与えてくれた。意味をくれた。あの人と同じ笑顔、声、きもち。―もう、何も言えなかった。


―――…大丈夫。私は、私の願いをかなえるだけ。それに、私にはみんながいて、イヴモンがいるもの。一人じゃないから。


 優しい掌がイヴモンの体にやさしく触れ、暖かさに思わず息をのむ。


―――…少しでいいの。みんなが来てくれるまでの時間稼ぎができればいいの。…一馬、…一馬がいてくれれば、私はきっと何でもできるんだ。一馬がこの手をにぎってくれたら、きっと、闇になんて負けないから。だから、傍にいて。私、それだけで頑張れるもの。


 ――強くなったな。
 もう、何もするななんて、言えなかった。

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