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「モリビトォ…クラッテヤル…オマエノ力ヲワガモノニィ…」
暴れまわる強い闇の意志が、まるで波のように次から次へと栞に押し寄せる。これほど強靭な闇を前に、少しでも油断すれば彼女の意志すら飲み込まれてしまうだろう。しかし彼女は前を見据えた。
―――…約束したんだ。
唇をぎゅ、と噛みしめて、必死にその波にあらがう。ひどい頭痛に襲われた。己の中に雁字搦めに抑え込まれた闇が、かろうじて保つ光と結合せんとその呪縛をとこうとしていた。己が闇を求めていた。
ぶち、ぶちと必死に繋ぎ止めた、栞とヴェノムヴァンデモンを繋ぐ線が、音を立て引き裂かれていくのを感じた。
「ッウ、ア、ウアアア、アアアアッ、ァァァアアアア―――!!」
ありとあらゆる憎しみが、嘆きが、栞の中で木霊する。引き裂かれそうな痛みに襲われ、醜い叫びが彼女からあふれ出した。全身が蝕まれる。痛い、苦しい、哀しい、辛い。これならばいっそ、消えてしまった方が楽になれるのではないかと思うほどの闇。
( 狩人。二人。まもりたかった。あの子たち。まもりたかった。小さないのち。かわいい笑顔。やさしい、あたたかい、世界。穏やかな日々 )
( 反転した。黒く塗りつぶされる、木霊するさけび。無力さ。嘆き。戻れない日々 )
( また、反転する。ひとりぼっち。泣いて、泣いて、泣いた。弱さ。仲間。友達。一馬。大好きな、家族。強くなると、守ると、ふたたびちかった―― )
ぶうん、と視界がぶれた。
瞬間、仲間の顔が浮かんだ。勇気、友情、愛情、知識、純真、誠実、希望、光。傍にいてくれる愛するぬくもりに、忘れかけていた何かが血液中で沸騰する感覚。
―――… あきらめるな 。
そう、約束したのだ。
ぼんやりとした頭の中に浮かぶのは、あの日、デビモンの館で見た太一の勇気に溢れる笑顔だった。それは、一人ではないと教えてくれた笑顔だ。 だから、と自分の中の闇を抑え込む。きっと、自分が失敗しても、みんながいる。足止めをして時間を止めている間に、きっとみんながきてくれる。一人じゃないって、こんなに安心する。二人以上が、こんなに心地いい。私は一人じゃない。みんながいる。仲間がいる。だから、頑張れる。だから。だから、だから。
「…そう…だよね、みんなの存在が、私を簡単に諦めさせてくれないの…」
目の前にいるのは大きな敵だけど。みんなのためなら、怖くない。誰かのためなら、頑張れる。
風が吹いた。それはあの祠で感じた生暖かい風だった。
「だから私は絶対に、あきらめない…!みんながくるまで、絶対に諦めたりしないから!!」
目いっぱいの力を込めて、思いを吐き出した。それは強い意志。飲み込もうとする己の闇すらも、押し返すほどの、栞の本当の心。
「っ」
ふらりと足元が揺らいだ栞の体が、たおれることはなかった。
「…、そ、ら?」
「よく頑張ったわね、栞。諦めないでくれてありがとう」
「空…」
「うん。栞、ここからはみんな一緒だから。もう少し、頑張ろう!私があなたを支えるから」
しっかりと自分の体を支える手は愛情に満ちていて、あたたかい。心の中に光がともる。「うん、みんなと、いっしょに」栞は大きく頷いた。零れそうになる涙を必死にこらえてみたけれど、一粒、また一粒と瞳から零れ落ちた。
ぷつりと栞とヴェノムヴァンデモンを繋いでいた線が切れた。拘束から解かれたヴェノムヴァンデモンは、再び大きく腕を動かす。けれどその攻撃が栞と空に当たることはなかった。―仲間が、立ちふさがっていたから。
「ヴァンデモン、あたしたちが相手になるわ!!」
待っていた増援、絶対にきてくれると信じていた。栞は自分の中から力が抜けていくのを感じたが、その身体をしっかりと空が支える。見上げる顔は、優しくも活気にあふれた笑顔だった。心の底から安心して、栞もわらった。
仲間がいるから、戦える。
仲間のおかげで、たたかえる。
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