107 サイエンスフィクション
空は黒く染まり、ごうごうと冷たい風が世界を引き裂くように吹きすさぶ。
暗転した世界の、小さな湖のすぐそばに彼はいた。
「いてててて。だいぶ無茶してしまいましたねー…」
白いからだは赤く染まり、傷だらけだった。長い耳が動くたびにぴょこぴょこと跳ねる。彼は重たい体を引きずって湖に身を投げた。その湖を取り囲むように4本の連なる柱が存在しており、湖の間には小さな水晶玉がおかれている。
ぷは、と湖の中から顔を出したときだった。その水晶玉から、赤い光が漏れていることに気づいた。
「おやー?…ああ、もうそんな時分なんですねー」
新緑の瞳で空を仰いでも、あの日のような美しさはどこにもなくて、彼は少しだけ寂しげに表情を曇らせた。
よいしょ、湖から這い上がると、汚れは綺麗に削げ落ち、更に白い身体につけられた無数の傷は消えていた。
「まったく、一体いつになれば、ヘイワは訪れるんでしょうねー。俺はそろそろ引退したいですよー」
わざとらしくため息をついてから、身をぶるぶると揺すって水滴をおとした。愛らしい容姿も声も、彼に酷似していた。
「でもま、やれるだけやりましょうかねー。それが俺の役目ですからねー。…そうですよね。狩人さん――」
森は静けさを身にまとい、これから起こるべく事態をすでに把握していた。
彼は空を仰ぎ見る。暗転した世界ははかなくて、おどろおどろしかったが、それでも彼らが守るこの世界は美しかった。
★ ★ ★
「勝った……!!」
栞の体から力が抜け落ち、彼女はその場にずるずると座り込んだ。深い深い息を吐いては吸ってを繰り返し、その手は白くなるほど握りしめられていたようだった。労わるようにイヴモンは彼女の目の前に舞い降りて、それからそっと心配げに顔を覗き込みながら、優しく微笑んだ。お疲れ様と声なき声で言われた気がして、栞も表情を和らげた。
「タイチ〜〜!」
「やったな、コロモン!」
「ツノモンもよくやったよ!」
究極進化した二体―ヴォーグレイモンとメタルガルルモンは幼年期まで退化し、己のパートナーのもとまで嬉しそうに駆けつけ、それぞれ称賛の言葉を受け取っていた。
「―あら?あなた、誰?」
栞は空に手を借りて、未だ収まらないふるえを抑えながら立ち上がっていたところ、ミミの声が聞こえてそちらを振り返る。ミミの目線の先には、見たことのない小さなデジモンがいた。
「プロットモンです、よろしく」
聞けばプロットモンはテイルモンが成長期に戻った姿なんだとか。ヒカリは優しくその頭を撫で、「アグモンたちを究極体にするのにエネルギーを使っちゃってテイルモンも成長期に戻ったのね」と微笑みを浮かべた。丈はその様子を眼鏡がずり落ちたのを直しながら見ていた。
「あ、ねえ、見て!霧が晴れていく!」
「…よかった、これで」
ようやく、終わったのだ。空が示す先を追って視線を転換し、栞はほっと息をつけた――はずだった。栞の目には、綺麗な夜空がうつるはずだったのだ。しかし、飛び込んできたものは、栞の想像したものとは遙かにかけ離れていた。他の子供たちの表情にも驚愕が満ちる。
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