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「心配かけやがって、この!」


 こつん、と太一はコロモンの頭を軽めに叩いた。太一の表情が少しだけ怒っているようだったから、コロモンも反省したように眉尻をさげている。電車に乗る前、更にキツく、勝手な行動をとるなと言い聞かせられたデジモンたちは、各々のパートナーの膝の上で小さくなっていた。殆どが幼年期に退化していたのが幸いだった。
 やはり夏休みということが関係しているのか、電車内は混んでいた。ただ子供たちが乗り込んだ光が丘駅でそれなりの人数が降りてくれたので、子供たちは全員が揃ってシートに座ることができた。
 先ほどのこともあってか、栞の気分は下向きだった。思い出したくないことを思い出し、目の前が暗くなる。「栞さん、大丈夫…?」隣に座っていたタケルが下から心配そうに覗きこむので、栞は曖昧に笑って、小さく頷いた。大丈夫。お父さんのことは、もう、乗り越えたはずだから。何のイタズラかは分からないが、自分の大切な人たちは一人ずつ消えていく。それが、怖くて仕方なかった。


「いい子だから泣かないで〜」


 泣き喚く子供の声に、栞はそっと横を見た。まるで幼き頃の己のよう。自分の位置からは随分と遠い場所の、空の前に立っていた母親に抱かれた子供が泣いていた。
 空はさりげない動作で立ち上がる。


「あの、どうぞ」
「え?ああ…ごめんなさい。ありがとう」


 母親は嬉しそうに微笑み、丁寧にお礼を言った。子供をあやすだけでも随分と疲れるものだ。立ちっ放しは辛い。譲ってくれてありがとう、と心からの微笑みだった。
 栞は、そうやって何の苦労もなく、普通に席を譲れる空を凄いと思った。自分なら、話しかけることすら怖くてできやしない。そう考えて、首を横に振る。空と己は違うものなのだ。だからこそ、一緒にいられる。誰もが同じ性格であったのならそこに友情などあまり成り立つものではないのだろう。
 空はその女性の前に立った。親切心から行われた行為だったが、それが発端とも言えた。
 空が席を譲り、シートに座った女性は、そのままの状態でのけぞりながら泣き喚く我が子を宥めようと揺すったり背中を優しく叩いたりしながらあやしたのだが、子供は一向に泣きやまなかった。コロモンが興味深そうに子供の方を見るたびに、太一はその柔らかな体を抓って注意を自分の方に向けさせる。―気づかれでもしたらどうするんだ!「ごめんなさいね、」厳しい表情をしている子供たちに気付いた女性は不意に申し訳なさそうな顔で謝ってきた。おそらく、子供の泣き声を煩わしく感じていると思ったのだろう。空は慌てて首を横に振って、笑顔で子供と母親を見つめた。その時だった。泣いていたのが一変し、赤ん坊がキラキラとした純粋なまなざしで空の腕の中を見つめた。空の腕の中、所謂、そこにはピョコモンがちょこんと収まっているわけなのだが。


「!」


 ぐい、とピョコモンは自分が引っ張られるのを感じた。( え、えええ? )心の中で慌て、冷や汗を掻く。しかし決して喋ってはいけないし表情にも出してはいけない。何も言えないのをいいことに、赤ん坊は力の加減も知らず、ぐいぐいと更にピョコモンの先端を引っ張った。子供たちも一様に顔が強張るのを感じた。どうか、どうかそのまま、大人しくぬいぐるみのふりをしてくれ!はやく飽きてくれ!―願いはむなしく、赤ん坊の興味はピョコモンからそれることはない。空はかたまったまま動けなかった。
 「…どうしよう…」隣のタケルが心配そうに空の方を見つめていた。「どうしよう、」栞も同じように心配そうに見つめる。あの部分はピョコモンにとって、一番大切な箇所なのではないだろうか。しかしやめてあげて、なんて言えるわけもない。ピョコモンは今はぬいぐるみなのだ。生き物だから、痛がっているからなどと言えるわけもない。


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