082 自由の匂い




 丈が勘定を終えて戻ってきた頃には、もう大体の話がまとまっていたらしく、「丈先輩、ちゃっちゃと食べちゃってよね」というミミの無謀とも勝手ともいえる言葉に愕然としつつも無理矢理口の中に押し込んだ。ゴマモンと一緒に食べればさすがになくなるもの早く済む。
 太一は店を出てから、どういう方法があるのかは教えてくれなかった。不審がる子供たちを余所に、歩道―しかも車道寄りに近寄った。


「おーい!だーれか乗せてくれーい!へいへいへーい!」


 グッと右手の親指をあげる太一は、自信満々に笑みを浮かべ、車道を走る車たちにアピールして見せた。―彼が言うよい考え、というのは、どうやらヒッチハイクのことらしい。急なことなので考えがついていかない子供たちは呆気にとられて、その光景を見ていた。


「カモーン!乗せろ!!」


 しかし無情にも車は太一の存在を無視し、―というよりも気づいていないだけかもしれないし、悪戯かと思われているのかもしれない―その横を通り過ぎていく。「おいおい…」確かに何もしないよりはマシだが「いまどきヒッチハイクかよ…」思わず口をついて出た本音に、「テレビみたいに上手くいくんですかね…」光子郎が大きく頷いた。その間にも太一は身振り手振り大きく振りかざし、己をアピールしていた。


「あっ、あぶねえだろ、ばかやろー!!」


 ププーっという音に、栞はびくりと肩を揺らした。道路に大きくはみ出した太一を、法定速度を守っていない車が引きかけたのだ。
 「どっちがだよ、」彼女の気持ちを代弁するように、ヤマトが呟いた。空とミミは首を横に振り、盛大にため息をついた。


「太一じゃ三日くらいはかかるかもなぁ…」
「ええ…」
「っだったらお前らやってみろよ!」
「え、ぼ、僕が!?」


 選手交代。言いたい放題言われ、太一の気分は横向きに逸れていっていた。自分では3日かかると言ったんだ。なら5分もかからずヒッチハイクできるんだろうな?―そんな意をぎすぎすと感じながら、丈と光子郎が渋々車道に出た。どこか照れくさそうに二人揃って親指を突き出す。「いえー…い」乗りきれてないから、声量も小さい。もちろん車は停まることばなく、彼らの横を通り過ぎて行った。クスクス、と、背後から聞こえた。
 二人は顔を見合わせ、「せーの…」。子供たちが首を傾げたその時、急に丈と光子郎は狂ったように踊り出した。自棄になったのだろう。これなら少しくらい気づいてくれる――と光子郎が横目でちらりと車道を見た時、一台の車がゆっくり走行になったのが分かった。これはやったんじゃないか?期待に満ちた瞳でその車が停まるのを待った――しかし、それはタクシーだった。確かに車には違いないが、タクシーでは無線乗車が出来ない。がっくしと肩を落とし、彼等は成果も出せず戻ってきた。
 妙な緊迫感があった。一人、前に出たヤマトの顔は、いつになくクールで凛々しかった。子供たちは全員、唾を飲み込む。彼なら、出来るかもしれない―と淡い期待を込めた。ゆっくりと左手の親指をあげた。瞬間、なんと派手な赤いスポーツカーが停まったのだ!ハンドルを握っていた妖艶な女性は、真っ赤な唇を緩ませ、ヤマトを手招きしたのだが――。


「なんで断っちゃうんだよ!」
「あんな車じゃ全員乗れないだろ!!」


 真っ赤に染め上げられた頬に、逆に申し訳なくなってしまう。ヤマトはさっきのスポーツカーの女性に丁寧に断ってしまったため、太一の叱咤を受けてしまった。何となく苦労の分かる丈は、ヤマトはよく頑張ったよ、と小さく呟いた。


「お台場につれてってー!」


 更に選手交代。
 華やかな女の子の声が広がった。愛らしい笑顔を浮かべ、即席で作ったプラカードを掲げた。


「ご、ごめん…なさい…」
「栞はしょうがないだろ。気にすんなって」


 みんなのために頑張りたいという気持ちがあるのだが、どうしても恥ずかしいし、そういうことには慣れない。縮こまって謝れば、仕方なしにと太一が言った。
 可愛らしい少女のヒッチハイクは、実を結ぶ。一台の車が、すーっと彼等の横に停まった。直ぐに空とミミが交渉に向かった。その際も、ずっと笑顔だった。


「…大丈夫、かな?」
「だといいけどなぁ」
「あれなら全員乗れるよね!」


 ずっと空とミミの様子を見つめていると、彼女らが振り返り、ピースと○のマークを腕で象った。「やったぁ!」誰が叫んだのか分からないが、子供たちは喜んだ。――やっと、帰れる!このような子供たちを乗せてくれるということは、運転手はとても良い人なのだろう!意気込んで車に乗り込み、彼等は余計に神経を削ることになった。

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