084 わたしが今ここに立っているわけ
とっくに日も落ちたが、何分おじがいたし、一馬も傍にいた。おじは家から仕事場までは車で通っていたので、もちろん、一馬の練習場からは少し離れたところではあったが、車が駐車してあった。そこから幾分か車を走らせる。駐車場につき、おじが鍵を開ければ、一馬は疲れた体を少しでも早く休ませたいと後部座席に体を滑り込ませた。シートに深く沈みこむ姿を見て、栞はイヴモンを抱えたまま、一馬の横に座りこんだ。
「よし、じゃあ行くぞ」
カチャ、とシートベルトを装着する音が聞こえ、栞は顔をあげた。おじは軽くミラーをいじり、エンジンをかけた。足でブレーキを軽く踏み込み、セレクトレバーでPからDにさげ、サイドブレーキをさげる。ゆっくりと車が発進した。
景色がどんどんと移り変わりゆく中で、腕の中のイヴモンからはすーすーという控え目な声が聞こえ、小さな笑みを零す。落とさないように抱えなおせば、ふ、と一馬の手に自分の手が触れた。彼も相当疲れているのか、沈み込んだまま静かに寝ている。もはや周りは暗かったし、灯りといったら、時折目の端にうつる街灯のみだった。眠るにはちょうどいい環境だろう。――イヴモンを左手で支え、右手で一馬の手と繋がった。暖かい。その時、不意に、久しぶりの感覚が襲いかかる。
(…ねむい)
頭の中がぼんやりとしてきた。最近―子供たちがタグと紋章を手にしたその時から、この体は眠りを必要としなくなった。守人に近づいてきたからだ、と薄々気づいていた。なのに、今はとても眠気が彼女に襲いかかる。
(一馬の手が、暖かいからかな…、)
引き寄せられるように、夢の中へと落ちていく。不思議と、恐れなどなかった。
「一馬、栞。ついたよ、起きなさい」
ゆさゆさ、と体を揺さぶられ、栞と一馬は一斉に目をあけた。車の振動が揺り籠のような心地よさがあったからか、二人して寝ぼけたように欠伸を噛みしめる。おじは優しい笑みを零し、二人を促がした。
駐車場は家に隣接しているため、すっかり辺りは暗くなっていたが特に恐怖もない。家から洩れる眩い灯りが、ぽっと胸の中で花を咲かせた。
帰りたかったと聞かれれば、素直に首を縦に振る事は憚れる。しかし、そんな栞でさえも安心感に包まれる。これが、家の持ち得る力なのだろうか。
「さ、家に入ったら、手洗いうがいを忘れるなよ」
イヴモンを抱きしめたまま、おじと一馬の後ろから家へと入った。暖かかった。――室温が、ということであれば、外から来た彼女たちにとっては些か暑いように感じるのだが、そうではない。心が安らぐ温かさだと思った。
「あら、お帰りなさい」
玄関の音で帰宅者に気付いたおばが、エプロンで手を拭きながら玄関先までやってきた。
back next
ALICE+