「お疲れ一馬。あなたも、お疲れ様」
「ん、」
「今日は暑かったからなぁ、外回りは大変だったよ」
短い返事を零す一馬はさっさと靴を脱ぎ捨て、洗面所に向かった。おじの言う事をきちんと守り、手洗いうがいをするためだ。慌ててその後を追おうと、イヴモンを床において、靴に手をかけた時――「あら?栞も一緒だったの?」至極驚いたようなおばの声が耳に突き刺さり、びくりとする。別声に冷たさが混じっているわけでもあるまいが、しかし、栞は靴に手をかけたまま、動けなくなってしまった。
「ああ、どうやらキャンプが天気の都合上中止になったらしくてな。ちょうど一馬を迎えに行こうとしていた時に、お台場で会ったんだよ」
「あらそうだったの。せっかくのキャンプだったのに残念だったね」
「……、」
「荷物も重たかったでしょ?ほら、おろしなさい」
まるで為されるまま、人形のようにぴくりとも動かなかった。おばはいつものことと割り切っているし、特に驚くことではない。むしろここで、「うん!ありがとう!」なんて元気よく笑顔で言われた日には吃驚して腰を抜かすことだろう。
「栞!栞もはやくこっちこいよ」
だから、そんな栞を助けるのはいつも一馬の役目だった。おばもおじも自分から栞に行きなさいとも中々言いづらく、栞もおばとおじをシカトして一馬のところに行くことはできない。だから、一馬が呼べば、お互いようやく動き出せるのだ。
栞は止めていた手を再び可動させ、靴を脱ぐと、イヴモンを抱きしめ慌てて洗面所にむかった。 その背中を、おじとおばが見やり、やがておばが苦笑を浮かべる。
「やっぱり、一日じゃ変わらないわね」
「…友達が出来たと言っていた」
「え?」
「7人くらいいたかな。一緒にいたんだ。堅いままの表情だったが、それでも笑っていたよ、あの子が」
「まぁ」
「少しずつでいいじゃないか。少しずつ、あの子と向き合っていこう」
そうして見守る瞳は、愛する我が子を見つめるものと相違はなかった。
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