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 手洗いもうがいも済んだ後、もう少しでご飯の準備が整うから待っていてくれとおばに言われたので、栞も一馬も自分の部屋にきていた。
 栞にとっては、本当に何カ月かぶりの部屋であったから何だか懐かしくなった。ふかふかの布団は、今朝おばが干したであろうから暖かさを残していた。
 イヴモンを布団に乗せ、自分も寝転がる。一馬が隣に座った。


「そうだ、」


 栞の視線が一馬の方を向いた。彼は元来より鋭い眼光を丸くさせ、首を傾げる。「一馬に紹介するって言ったから、」そう言いながら起き上がり、イヴモンを抱き寄せて、一馬の眼前に着きだした。驚いて身を引く一馬に、小さく笑みを零す。


「イヴモンだよ」
「イ?―え、何?」
「イヴモン」
「イブモン?」
「チょッと発音ガ違うヨ。ブじゃナくて、ヴだヨ」


 失礼だなぁ、とイヴモンが喋れば、やっぱり一馬は目を丸くさせた。以前一度会ったことはあるし、喋っているところも見たが――何分敵意をむき出しにされた記憶がある。更に見た目が愛らしい毛の塊―もといぬいぐるみなのだ。中々馴染めないのも仕方ないだろう。


「君が害のアる人間じャなイことくライもう知っテいルから大丈夫だヨ」
「害のある、って」
「むしロ、君がいレば安心だカラ。仲良くシようネ、一馬」


 にっこりとイヴモンは笑う。愛らしいのだが―どこか痛い視線を感じるのは気のせいだろうか。いつか見た、英士の笑顔に似ているような気がして震えが走った。「あ、ああ…」小さく頷けば、隣の栞は嬉しそうに笑った。あんまり仲良くできそうな気がしないが、栞が笑うなら仕方ない。小さなため息を漏らして、寝転んだ。


「今日はどんな練習したの?」
「どんなって…いつもと一緒だよ」
「来週、試合なんだよね」
「ああ。…あ、そうだ。英士が言ってたけど、ユン、明後日来るらしいぜ」


 その言葉に、栞の肩がぴくりと動く。イヴモンは目をパチパチさせた。「本当に?」声が少しだけ弾む。「ユンくん、明後日くるの?」


「みたいだけど。栞に会いたいって言ってたって、英士が」
「…私も、早く会いたいな」
「ねエ、ユンってだアれ?」


 一人蚊帳の外だったイヴモンが、首を傾げ―そもそも彼に首というものが存在するか分からないため、体全体を捻ってと言った方が分かりやすい―栞と一馬の間で飛び跳ねた。


「ユンくんは、英士くんのいとこだよ」
「イトコ?」
「親が兄弟、っていうことだ」
「…私と一馬も、いとこだよ」
「今は違うだろ」


 栞の言葉に、一馬の鋭い訂正が入る。もとはいとこだった。しかし真田家に養子に入った栞とは、もはやいとこではなく、兄妹の関係になるのだ。一馬のムッとしたような表情だったので、栞は小さく笑みを零す。


「そうだね、今は、違う」
「僕にはヨく分かラナいヨ」
「…色々複雑なんだよ。―で、栞。お前、あの時、一体何があったんだ?」
「あの、とき…?」
「てか昼間、練習場に来ただろ?その時、」
「……ひるま、」


 一馬たちにしてみたら、確かに昼間の出来ごとだが、栞からしてみればだいぶ前の話になる。思い出そうと記憶を手繰り寄せ、あ、と声を洩らした。―自分と太一だけが、一時東京に戻った時、自分が目覚めた場所はロッサの練習場だった。そこで一馬と会って、混乱を落ちつかせるためにデジタルワールドのことを話したり、時間がかみ合っていないことを知ったり、―そして。

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