085 取捨選択の自由
夕飯は、おば特製のハンバーグだった。お手製のソースがジューシーなハンバーグに絡み、普段そこまで食を求めない栞でさえも、素直に美味しいと感じた。ただ一つ困ることといったら、イヴモンへどうやって食事を与えるかだった。一応リビングまで連れてきたのはいいものの、おじにぬいぐるみは下に置きなさいと注意をされたので、抱えているわけにはいかない。かといって、堂々と与えることはできないので、食べるふりをしつつ、おじとおばの目線がテレビに向いたときを見計らって素早く下に箸を持って行った。そんなこんなで自分が食べる量は半分になってしまったが、元来そこまで食す方ではないので、特に問題はなかった。
ご飯を食べ終わった後は、少し休憩して、お風呂に入った。イヴモンを先に洗ってあげて、その後で自分が入る。久しぶりにゆっくりと湯船に浸かったため、体は勿論、『心』の方もだいぶ疲れが取れた。
その後はいつものように一馬とテレビを見ていた。いつもと変わらぬ、夜だった。
リビングに、一本の電話が鳴り響いたので、栞はそちらへと顔を向けた。一馬は相変わらずテレビ番組に夢中のようだ。サッカー中継なので、夢中にならざるを得ないのだろう。彼は電話に気付かないようで、「そこ、そこ!」と拳を握りしめていた。
パタパタ、とキッチンで夕飯の後片付けをしていたおばが電話に向かってきた。栞の注意はそちらに向いていたが、隣で一馬が「今のプレー見たか!?」と興奮気味に声をかけてきたので、直ぐに視線をテレビに戻した。
「はい、はい。 え? あ、はい。ちょっと待ってくださいね――栞、電話よ」
「え…あ、…はい」
ソファから飛び起きて、栞は電話に向かった。別れ際に空が、夜電話をする、と言っていたから、それかと思って、心が弾む。――何の危険もない家にいて、一馬が隣にいて、何を寂しく思うことがあるだろう。しかし長い間、隣にいたのは、傍にいたのは、選ばれし子供たちであったし、それこそ空は殆ど栞の隣にいてくれた。少しばかり、隣が物悲しく思うのは、そのせいかもしれない。
「男の子、みたいよ」
受話機を持っていたおばに、そう告げられた。―男の子?少し目を瞬かせながら受話機を受け取り、耳に押し当てる。「もしもし、」控え目に、そう告げた。何分、顔の見えない電話は、面と向かって対峙するより苦手だった。相手が見知った相手だとしてもだ。―そういえば別れる前に、全員と電話番号の交換はしておいた。だから彼等が等しく、栞に電話をかけられるということだ。問題は一体だれか、ということなのだが、男の子ということで、空とミミの二人は弾かれる。あとはタケルもまずないだろう。4人のうち、誰かということになるのだが。
『あ、栞さんですか?光子郎です』
「光子郎くん?」
聞き覚えのある丁寧な口調に、栞は更に目を瞬かせた。いつもは落ち着きを払った声は、少しばかり焦りが滲み出ている。だが「夜分遅くにすみません」と、という断り文句を言う余裕はあるらしい。
『どうしていいか分からなくて、電話をしてしまいました…』
「え…?な、何かあったの…?」
『…はい。他の皆さんにも連絡したのですが、どうやら起きてる方がいないみたいで』
おそらく、他の子供たちは、家に帰れたという安心感から深い眠りについてしまったのだろう。分からなくてはない。
言いだすのを遠慮しているのか、話が一向に進まない。「何があったの…?」と、栞から問いかければ、少しばかり言いにくそうにした光子郎が、ぽつりと言葉を吐きだした。
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