「…俺が、父さんに言ってやる」
「え…?」
「芝浦なら車で行けばそう遠くはないし、俺が父さんに言う。今からでも間に合うのか?」
「う、うん。でも、」
「まあ、父さんたちにどうしてって聞かれても、俺は答えられないから、そこは自分で頑張れよ」
言うや否や、一馬はテレビを消すと、一直線に風呂場まで駆けて行った。今日のサッカー中継は、彼が楽しみにしていた番組だった。まだ、終わってはいないのに。 心が、暖かくなる。 立ちつくしていると、イヴモンに、「光子郎に言わなクテいいノ?」と問われたので、ハッとして受話機を手に取った。光子郎はずっと待っていてくれたらしい。
「…ごめんね、光子郎くん。あの…私も行くから」
『え?で、でも、栞さん、』
「ちょっと遅くなるかもしれないけど…近くまで行けば、進化は大丈夫だと、思うし」
『…すみません。頼みます』
「うん。大丈夫。じゃあ、気を付けてね」
『はい。栞さんも、気をつけて』
ガチャリ、と電話は音を立て、通信が切れる。バタバタという足音が二人分聞こえ、栞は振り返る。「なんだ、一体どうしたんだ」「いいから、芝浦まで連れてってよ」―一馬とおじの声に、萎縮する。折角風呂に入り、今日一日分の疲れをいやしたというのに、また外に連れ出すとなると申し訳なかった。
「訳を言いなさい、訳を」
「だから!」
「…おじ、さん」
「栞?」
パジャマ姿になったおじは、上気で頬が赤くなっていた。栞は汗がにじむ手のひらを、服で拭く。自分から、おじに話しかけることはあまりない。おじは首からかけたタオルで髪を拭くことも忘れ、目の前の小さな少女を見つめる。
「…すみ、ません。あの、…後で理由、話します。あ…、と、…お願いします。私を、芝浦まで連れていって、ください、」
それは―旅の途中で、いつも目にしてきた彼と同じくらいの勇気だったのかもしれない。未だ震える体、しかし、瞳はしっかりとおじの瞳を捉える。「お願い、します」声は震える。
やがて、ふぅ、というため息が聞こえた。栞の体は、再びびくりと揺れた。
「―ちゃんと理由を話すんだぞ」
ぽふりと頭に乗せられるのは、おじの大きく、暖かい手だった。お風呂に入っていたのだから、暖かいのは当たり前だった。「急いでいるんだろ?なら行くぞ。先にいって車を出しておくから、上着だけ羽織ってきなさい」―「は、い」ワンテンポ遅れて返事をかえす。キッチンにいるおばに、ニ、三声をかけ、おじは上着を羽織って、鍵をとる。栞も、壁にかけられた上着を手にとり、イヴモンを抱きしめる。「気をつけろよ、」行く前に、一馬から声をかけられた。「うん、」小さく返事をして、「ありがとう」小さな笑みを浮かべた。
「栞、」
「…はい」
車庫から車が出され、おじが窓から顔を出した。外は暗く、街灯だけが、唯一の光だった。そして、車から差し込まれるライトが、道を照らす。まるで、行く末を、照らし出すように。
イヴモンを抱えたまま車に乗り込むと、車はゆっくりと発進した。
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