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栞が目を覚ましたのは、おばが電話を持ってきたからだった。寝ぼけ半分で受話器を受け取り、耳に押し当てれば、優しい声色が彼女の耳を刺激した。
「おはよう」それは、旅の間中、何度も起こしてくれた声だった。
「空…?」
『そうよ、おはよう。――寝て、いたの?』
「…うーん、…うん」
『そ、そう。寝れたのね。よかったわ!やっぱりこっちとあっちじゃ、栞の体に影響するものも違うのね!』
耳元で空が心底嬉しそうにはしゃぐ声を聞きながら、ゆっくりと目をあけたイヴモンの体を引き寄せる。二人して、寝起きはあまりよろしくないようだ。空が何を言っているのか、さっぱりわからない。
ようやく意識が確率してきたところで、そういえば本題を聞いていないと理解した。
「どうか、したの?」
『昨日電話するって言ったのにできなかったでしょう?疲れちゃったし、安心したってのもあって、ぐっすり眠っちゃってて、ごめんね』
「あ、うん…。光子郎くんが言ってたから、大丈夫。わかってた」
『光子郎くん?…あ、そうだ。今日、みんなで集まることになったの。なんか昨日、芝浦でね――わかってるって言ってるじゃない!もうすぐ出かけなきゃいけないから!…ごめんなさい、お母さんがちょっとね…。どこまで言ったっけ?…そうそう、みんなで集まることになったから、私、栞のこと迎えに行くわね』
「う、うん?…でも、家、わかるの?」
『あ…分かんない…』
一人でまくしたてる空に少し戸惑いながらも、掻い摘んで問いかければ、思った通りの答えが返ってきて、少しだけ笑ってしまった。
「駅の近くに、大きな公園があるの」
『あ、確か桜の木がいっぱいあるところ?』
「うん」
『そこなら分かるわ!じゃあそこまで迎えに行くわね。そうね…30分後にそこでいいかしら?』
「うん、大丈夫。ありがとう」
『お礼なんていらないわ。―家に帰って来たけど、やっぱり、なんか物足りなくって。はやく栞に会いたいな』
「空…。うん、私も。空に会いたい」
同じ事を思ってもらえていたことが、とても嬉しかった。最後に、また後で、そう告げて電話を切り、急いでベッドから立ち上がった。イヴモンは突然の振動に驚いたのか目を見開いて、栞を見つめた。何か言いたげな蒼い瞳に、栞は笑顔を向けた。
「はやくご飯食べて、支度しないと!」
「…まっタく。僕が栞の笑顔に弱イコと知っテてそうイう顔するンでショ…」
「何か言った?」
「何モ!」
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おばに少しのおこづかいと交通費、その他諸々を用意してもらい、栞は公園へと急いだ。友達と出かけると告げると、おばはとても嬉しそうな顔をしていたし、それならばと知り合いにもらったというお菓子を持たせて、良い顔で送り出してくれた。その顔に、少しの不安が浮かんでいたことに、栞は気づかないふりをしていた。おそらくは、昨夜のことを思案していたのだろうが、嘘を貫き通すと決めた以上、何も話すことはない。
「空!」
彼女は、周りに誰もいないことを確かめた上で、ピヨモンをブランコに乗せて、思い切り漕いでいた。ピヨモンは嬉しそうに風を感じている。
栞が名を呼べば、空は入口へと視線を向け、やっぱり嬉しそうに笑った。おそらく、栞も同じような笑みが浮かんでいるのだろう。
「昨日ぶりね」
「うん」
「変な感じ。ずっと一緒だったのに」
「そうだね」
こうして東京のとりあえずは平和な地で会うことなどなかったので、どことなく照れくさい感じがした。「名簿、持ってきた?」二人と二匹で集合場所まで向かう途中、ふ、と空が栞のバックを見て言ったので、栞は気まずそうに目線を下に向けた。
「一応…探してみたんだけど、見つからなくて…。引越しの時にどこかやっちゃったのかな、っておばさんが…」
「そっか。それじゃあ仕方ないわね。…そういえば、ヤマトくんと同じ学校だったんでしょ?」
「第四小学校だったから…たぶんそうだと思うよ。私はあんまり覚えてないんだけど…」
「じゃあヤマトくんが持ってきてくれているはずだから大丈夫よ」
空はにっこり笑った。やっぱり、空の笑顔は、安心する。そう思って、栞の顔にも、段々笑みが浮かびあがった。笑顔だけじゃない。やはり空は安心する。心から、そう思った。
集合場所についた時、殆ど子供たちはそろっていた。空と栞の姿を見かけるや否や、太一はよおっと片手をあげる。
「みんな早いのね」
「まあな。やっぱり気になるだろ」
「昨日のこともありましたし…あ、栞さん。昨日はすみませんでした。しかも送っていただいて、ありがとうございました」
「う、ううん、大丈夫。おじさんが、礼儀正しくていい子だねって言ってたよ」
光子郎は栞のもとへと駆け寄ると、いの一番で頭をさげた。もちろん、光子郎を送って行ったのは栞ではなく、おじである。彼女が頭をさげられる必要などない。首をゆるく横にふって、言葉を付け足せば、光子郎は照れたように笑った。
「そういや昨日は大変だったな…」
「栞も一緒だったのね」
「ええ…。こちらとあちらでは進化の基準がどう違うのか分からなかったので…もしかしたら栞さんがいなければ進化できないかも、と思いまして」
「パルモン。重いわよ、降りて」
「嫌よ!だって、ミミがこれに乗れって言ったのよ?」
「だからもういいの!」
そんな騒がしい声が聞こえて、彼らはそちらに視線を送る。なんとも愛らしく赤子に化けたパルモンを乳母車に乗せたミミは、既に汗だくだった。成長期のデジモンの体重を、甘く見てはいけなかった。
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