088 朱色の坂




 つきん、と右足が痛む感覚がして、栞は顔を顰めた。そういえば、ヴァンデモンの城で痛めてしまっていたのだと、今更ながら気づいたのだ。そろっと足元を見やれば、少し腫れぼったいが、特にこれといって異常は見られない。帰ってきた当初―キャンプ場では、これよりだいぶ腫れていたのだから、治ってきたのだろうと安易に考えた。痛みを感じるのも、恐らく治ってきた証かもしれないと。だって痛いなんて大騒ぎしたら、八人目どころではなくなってしまうかもしれない。彼らは一重に優しいのだから。
 他の子供たちがゆりかもめから見えた、昨日の惨劇に愕然としている間、栞はイヴモンを抱きしめることでその痛みを消し去ろうとした。ぎゅう、と目をつむる。ただただ、右足は痛むだけだった。
時を同じくして、お台場全体に、深い霧が掛かり始めていた。



「じゃあ、大体の受け持ち地区はこれでいいですね?」
「ああ、そうだな」
「だいじょぶだいじょぶ」
「それじゃ、始めましょ!」


 日差しが照りつけるのは、夏だから仕方のないことである。むしろ、雪がふる方がおかしいのだ。でも今だけはちょっとでいいから雪が降って欲しい。―なんて、もはや異常気象がデジモンたちの仕業だとわかってしまった以上、そのようなことは軽くも言えないのだが。額を伝う汗を拭いつつ、栞はぼんやりとそんなことを考えていた。空の掛け声によって、太一と光子郎、ヤマトとタケル、そして空とミミと栞の三つのグループに分かれ、捜索は開始された。もちろん、丈は家で勉強をしながら、電話かけを頑張っているだろう。
 住宅街の坂を登る足取りは少しばかり重たいものだった。少しはついたと思っていた自分の体力は、やはり紙に等しいものだと知る。空なんかは、ミミがパルモンを乗せてきたベビーカーにピヨモンも乗せ、上増ししたベビーカーを押しているが、特に問題ないようだった。さすがは、サッカークラブで鍛えられているだけある。その隣のミミも特に異常ないようで、あちらこちらにデジヴァイスを向けて、反応がないか逐一確かめていた。


( …痛いな )


 時間を増すごとに、足の痛みは深まっていく。それじゃなくても体力はないのだし、元来外に出ることも好きではないので日差しにはめっぽう弱い。でも、八人目を探さなくてはいけない。自分の中でもよくわからない葛藤を繰り返し、ベビーカーの中で押し合いを続けるピヨモンとパルモンを見て、何とかやり過ごそうとした。


「本当にこんなところに八人目がいるのかしら…」


 不意に立ち止まったミミは帽子を深くまでかぶり、ぽつりとつぶやいた。確かに、昨夜芝浦に『いた』というだけで、本当かどうかは分からない。確証はどこにもないのだ。しかし、せっかく掴んだチャンスをむざむざ手放すわけにもいかないから、こうして探索しているのだ。


「ミミちゃん、行こう、?」


 右足に強く『痛くない』と言い聞かせる。振り向いて小さく笑えば、ミミはこくんとうなづいた。その衝動で汗が地面に落ちる。


「それにしても暑いわ…」
「夏、だからね…」
「今日の暑さは異常よぅ…」


 カンカンに照りつける太陽は、まるで彼女たちをあざ笑うかのように、雲を追い払っていた。

back next

ALICE+