「ど、どうした、真田」


 藤山は話しかけられたことがない、しかもクラスで誰とも交わろうともせずに一人でぽつんと過ごしていた生徒に声をかけられて、思わずどもってしまった。彼女は少しだけぬいぐるみを抱きしめる手に力を込め、一回空を見て、それから藤山へと視線を送る。
 「私も、」そう続けた。


「お父さん、と、お兄ちゃんと、一緒にいた場所…光が丘、だから……その、」


 ヤマトみたいに、上手く言葉が出てこない。相手が、大人だから、余計に。藤山がどれほど良い先生か分かっているのだが、心が追いつかない。しどろもどろと、視線を動かし、果てには少しだけ泣きそうな顔をして空を見た。空には、栞が言いたいことが分かった。


「だから先生。私たちも太一たちと一緒に光が丘でおろしてもらえますか?」
「だ、だがな、武ノ内…」
「私は栞の友達だから一緒に行きますね。あと光子郎くんも、栞と仲が良くて…あ、あとミミちゃんも!というかここにいるメンバーと仲が良くて!」
「え?あ、ああ…?…仲が良くて?」


 空の有無をも言わさぬ言葉に思わず頷いていた藤山だったが、『仲が良い』という点に、些か引っかかったようだ。「誰と…誰が?」思わず聞き返せば、「やだ先生。栞と、ここにいるメンバーに決まってるじゃない!」と空はピヨモンを抱きかかえながら笑顔で言った。もちろん、乗り切るためだ。
 栞はぎゅ、と再びイヴモンを抱く腕に力を込めた。ダメ、って言われるだろうか。栞なりに勇気を振り絞ったつもりだ。それを真っ向から否定されたら、心がくじける――「しょうがないな」そう言う藤山の顔は、なんだか笑顔だった。


「えっ!本当、先生!」
「是が非でも、降りるつもりだろうに」


 降参と言いたげに、藤山は肩をすくめた。その顔には笑顔が浮かんでおり、子供達はやったー!と声をそろえて喜んだ。栞も同じように、空と笑い合った。ぽん、と手が乗っかったのは、その時だった。びくりと肩を震わせながら上を見上げると。


「良かったなぁ、真田」


 そう言って、笑っていた藤山の顔が、あった。
 彼はいつも栞を気にかけていた。一人ぼっちで教室の片隅に座る女の子。境遇が少し普通の子とは違っていたから、尚更気にかかる生徒であったし、性格も大人しく自己主張がない子だったからいつも心配していたのだ。だから、明るくて元気のいい空に、少しでいい、話しかけてくれないかと提案した。空は、藤山の期待通り、栞に対して明るく接してくれていた。ようやく、一人目の友達が彼女に出来た。だからキャンプに参加すると聞いた時、とても喜んだのが記憶に新しい。空と班を分けたのは、これをきっかけにもっと交流を深めて欲しいと思ったからで。それが今はどうだ。まだまだ他の子たちからしたら少ないかもしれないが、それでも空の言葉から言えば少なくとも6人は彼女の『友達』なのだ。これほど、嬉しいことはない。


「よかったな、真田」


 彼はもう一度、そう繰り返した。
 「…じゃあお前ら。ちゃんと親には連絡しておくんだぞ」そう言い残して、彼は運転手とともにその場を去って行った。ありがとうございます、深々と頭をさげた丈と太一は、お互いに顔を見合わせて笑った。うまくいった。


「良い先生よね、ほんと」
「…うん」


 栞の顔も、ちょっとだけ、笑顔だった。「で、お前らいつまでやってんだ?」太一は含み笑いをしつつ、未だ抱き合うヤマトとタケルに視線を送る。彼等は泣いていたのが嘘のように、笑顔で離れた。


「え?どういうこと?」


 きょとんと首を傾げたのは丈ただ一人。いつまでやってるって?というより、どうして彼等は泣いていないんだ?


「ああでも言わなきゃ、許可してくれそうにないからな」
「じゃあお芝居だったのか!?僕はてっきり本当だと思って先生に必死で訴えたのに!」
「まあまあ、上手くいったからいいだろ」
「そ、そんなのってないよー!!」


 丈はいつだって真面目で、一直線だった。


17/07/27 訂正
11/08/05

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