「そういえば、栞さんは、ご両親と住んでないんですか?」
ミミにとっては、何気ない質問だったに違いない。栞やイヴモンから発せられる言葉が、母や父でなく、おばであったことに疑問を持ったのだろう。昨日、別れ際に出会った人も、父ではなくおじであったはずだ。純粋に首をかしげるミミに、栞はイヴモンを抱きしめる手に力を込めて、視線を地面に向けた。―答えなくてはならないのに、答えられない。まるで全てが乾いてしまったように、水を求めていた。
「栞さん?」
「あ…、と、ほら、ミミちゃん!」
空は、栞の家の詳しい事情までは知らない。だが、両親が早くに亡くなっており、今はおじの家に養子に入っていることくらいは、同級生だし同じクラスなので知っていた。だから、ある意味で目立つ子であったし、そういうところがあるから先生も気にかけていたのだろう。何分、栞はおとなしかった。だから、己に友達になるよう提言したのだ。今はもう、親友とも呼べる仲だと思っている――だから、知らなくとも、表情を見れば、わかる。この話題は、してはいけないのだと。
「さあ、仕事仕事!」
わざとらしくとも、明るい声を出して、地図に×印をつけていく。それによってミミの注意がそれたのか、「頑張るわね…暑くないのかしら」「普段の鍛え方が違うのよ」と、パルモンとこそこそ会話をしていた。
その間、栞は、ずっと下を向いていた。ただ、右足だけがズキズキと鈍い痛みを増した。
ミミの提案によって、栞たちは東京タワーにきていた。人通りが少ないところではなく、もっと人が集まりそうなところ――そこに行けば、もしかしたら選ばれし子供を見つける手がかりが得られるのではないかということだった。
空は度々栞を気にかけてか、何気ない話題をふってきた。―気を遣ってくれているような気がして、苦しくなった。それと同時に弱い自分が情けなくなった。―ふと視線を感じて、イヴモンのほうを見れば、彼の蒼い双眼が、じっと栞を見つめていた。慰めるように、労わるように己を見つめる瞳に、小さな笑みをこぼす。 両親がいないのは辛い。兄がいないのは苦しい。でも、一馬がいる。おじとおばは優しく接してくれる。―それに、今は、イヴモンがいる。だから、大丈夫なのだと、囁きかけるように。
タワーの中にはいった瞬間、冷たい空気がなだれ込んできた。一気に汗がなくなり、今までの暑さが嘘のようにとても快適だった。ミミが笑顔で飛び込んでいくものだから、空はしょうがないと言いたげに笑顔をこぼした。
「やっぱり冷房のあるところがいいわ〜!」
「生き返るー!」
「そんなことだろうと思ったわ」
腰に手をあてる空の顔にも、笑顔が浮かんでいることから、彼女もこの快適な空間に身をおいていることには文句はないようだ。
「涼シいネ、栞」
「そう、だね。イヴモンは暑いとこ、苦手だから嬉しい?」
「うン。栞もでショ?」
「うん、」
人がたくさんいる場所で話しかけてはいけないことを理解しているから、こそこそっと話しかけてきた彼に、小さな笑みをこぼした。「ねえ、窓際よってみない?折角東京タワーにきたんだもの!」というミミの言葉を受け、彼女たちは窓際に寄ったのはいいものの、あまりの高さに思わず一歩後ずさりした。
「大丈夫よ、栞」
「で、も…結構、高い、」
「そりゃあ全長300メートル以上はあるんだもの」
クスクスと空は笑った。どうやら栞は高いところが苦手らしい。ムゲンマウンテンの頂上に登った時は、特に問題なかったようだから、おかしな話である。
「きゃっ!なんで真夏にコートなんて着てられるのよ!見てるだけで暑くなる!」
「ちょ、ちょっとミミちゃん!?聞こえるわよ!?」
「だってホントだもん」
そんな二人の話し声が聞こえ、栞はイヴモンを抱きしめる腕に力を込めながら、同じように振り返った。目に飛び込んできたのは、冬物もいいところのコートを十分に着込んだ男だった。随分と大きい体つきをしている。 ずくん、と心がさらにざわめきを覚える。今までに体験したことのない反応で、栞はどうしていいのかわからなくなった。
「ほら聞こえちゃったじゃない!」ゆっくりと、その男が振り返った。栞は目を見開き、一歩後ろにさがる。深々とかぶった防止の隙間から見えた瞳は、人のものではなかった。
「ちがう、」
デジモンだ!――栞がミミと空の腕を引っ張った瞬間、突如、男自身が青い炎に包まれていった。「な、なに!?」驚くミミと空をよそに、目の前の男は青い炎によってコートを焼き、姿を現した。
「デスメラモン…!」
デスメラモンは、高熱の青い炎に身を包まれた――言わずもながな、完全体であることが分かってしまった。瞬間的に、デスメラモンの瞳が栞に向けられていることを悟った空は、彼女を自分の後ろへと隠した。―栞はすぐに祈りを込める。そして、デジヴァイスが輝きを帯びた。
17/07/27 訂正
11/12/18
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