090 天使のうわさ
雷鳴が轟く夜の街、暗闇に身を包んだアンデットデジモンが姿を現す。
「あの娘はいずれ自分から私を求めてくるだろう―次はお前たちだ」恍惚とした表情を浮かべながら近づいてくるヴァンデモンを、タケルを抱きしめながら、ヤマトは鋭く睨みつけた。自分たちをかばった、何の罪もなかったパンプモンとゴツモンを一瞬にして消し去ってしまったのだ。無情な悲鳴だけが、木霊する。
「 いい奴らだったのに…!! 」
心の底からヴァンデモンに対する憎しみが生まれる。頬を伝ったのは、暖かな涙だった。―それは不純なものではなく、ただ純粋に、友を失った悲しみ。ヤマトが、パンプモンとゴツモンに対し、確かな友情を抱いていたからこそ芽生えた感情だった。
「俺はお前を許さない…!!栞は、絶対に、お前なんかに渡すもんか!!」
ヤマトは咆哮する。心からの叫び、魂が、そう声をあげた。思い出すのは、楽しそうにはしゃいでいた二匹の姿―そして、守りたいと願った、少女の姿。まるで走馬灯のように駆け巡る思考の中で、ヤマトは一つの答えを見つける。
彼の友情が、ガブモンを進化へと導く光となった。
「ガブモン進化ァ! ガルルモン!!」
「あいつらは――」
「フォックスファイヤー!」
「ほんの少しの間だけだったけど―俺たちの友達だったんだっ、! ガルルモーン!!!」
ヤマトの魂の叫びが、ガルルモンの中心に届き、全身に行き渡った。――わかるよ、ヤマト。俺が絶対に、コイツを倒してみせるから!
「ガルルモン超進化ァ!! ワーガルルモン!!!」
彼の友情が、ガルルモンに力を与え、ワーガルルモンへと姿を変えた。彼の強い気持ちが、おそらく、遠く離れた場所にいる栞にも通じたのだろう。
戦いは激しさを増していく中で、タケルの心中は後悔だけが占めていた。―もし、自分がパタモンを怒らなければ、彼と別れることはなかったし、渋谷にくることもなく、パンプモンやゴツモンと会うこともなかった。だから、彼らがヴァンデモンに殺されることもなかった――ぽろっと涙がこぼれた。希望を灯したその涙が、地面に落ちた時、周囲に光がこぼれ落ちる。それは、やはり、パートナーを導く光に変わった。
★ ★ ★
キラッと大きな光が、目の前で弾けた気がして、栞は食事中にも関わらず立ち上がってしまった。瞳は外へ向けられ、何かを怖いものを見たかのように息を飲んだ。
「栞、どうしたの?」
心配そうにおばが問いかけるも、栞はただ外を見ているだけだった。「栞…?」一馬は不安に思った。栞が練習場に居たあの時と、同じような雰囲気だと、自然に悟ったからだ。
彼女は弾かれたように、外に飛び出した。「栞ッ!?」家族が彼女の名を呼んでも、彼女は止まることなどしなかった。一馬は咄嗟に、机の下にいる、白い塊に目を向ける。それは、小さく頷いて、栞のあとを追った。アイツならきっと栞をどうにかしてくれる―そう思って、一馬はイスに腰をおろした。息子のそんな反応に、両親は戸惑いを覚える。「そういえば、友達の家に忘れものしたって言ってたから―急に思い出したのかもな」―心の中では彼女を心配しながら、表面は特に何の問題もなさそうに繕う。二人はお互いの顔を見合って、静かに席についた。
「栞、待っテ!」
彼女の足は裸足で、だからこそ嫌というほど目につくのが、右足の腫れだった。赤く変貌した箇所は、まるで負のものを一点に集中させているような気さえ起こす。
「栞っ!」
イヴモンが彼女の横に並べば、彼女は泣きそうな顔でかのデジモンを見つめた。この世界から、誰かが消えた。それは恐らく、自分たちに敵意を持っているものではなくて、優しい塊だった気がする。
イヴモンは彼女に寄り添った。泣きそうな顔をしている彼女の頬に毛を押しやって、温めた。―その時だった。遠くの空で、パッと青色の閃光がともり、すぐに消えた。
「―いる…」
ズキズキと痛む右足が、その存在を教えてくれているかのようだ。閃光が奔った方向は、渋谷、あたりだろうか。「戦ってる、」 酷い悲しみが、脳内から染みわたってくるようだった。思わず泣きそうになるのを堪え、目を瞑り、祈った。瞬間、パッと心に咲いたのは、清浄なる友情の光と希望の光だった。
「ヤマトくん、タケルくん、」
栞はただ願い、喝黙する。――どうか彼等が無事であるように、と。優しい祈りを、データに乗せた。 不意に不浄な存在が、彼等から遠ざかるのを感じた。思わず、息を洩らした。――その時だった。
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