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 ヒカリは己の目を疑った。きらりと一瞬何かが光ったかと思ったら、魔法使いのようにマントをなびかせ、自分のもとへと舞い降りたからだ。
 思わず驚いて、一歩、後ずさった。


「あな、たは…?」
「私はウィザーモン」
「今、空を飛んで…」


 しかも、その腕の中には、兄と同じ歳くらいの女の子がいて、しかもその女の子は、以前一度だけ見たことがあった人だった。その人は、魔法使いに自分を下ろすよう頼むとヒカリの前に立った。なぜだか分からない、だけどもとても穏やかな気持ちになれる人だと思った。
 それは、栞も同じだった。タケルと同年齢くらいのヒカリを前に、自分の気持ちが惹かれていくのがわかる。自分にはないものを、根本から持っている子なのだと。


「え…と…ヒカリ、ちゃん」


 やや間があって、栞の方が名を呼んだ。ヒカリは驚いて一歩後ろに下がったけれど、悪い人ではないと分かっているし、何より声が優しかったから、「はい」と素直にうなづいた。「――やっぱり、」栞は振り返り、ウィザーモンを視界にとらえた。彼は、深刻な眼差しでヒカリを見てから、それから栞を見る。その目は、先ほどの答えを促しているようだったので、栞は、振り返る。
 しゅっと軽やかな動きで、前のビルの屋上からベランダへと飛び乗ったテイルモンは一回転をしてヒカリの前に立つ。どこか寂しそうな瞳で、栞を見て、再びヒカリを見つめた。


「あっ、あなたは昼間の…!戻ってきたのね、やっぱりコロモンの仲間なんでしょう?」


 テイルモンの姿に、ヒカリは歓喜の声をあげた。思わぬ反応にテイルモンは戸惑ったようだったが、ウィザーモンはその小さな手に、彼が有明のからすの森で見つけたデジヴァイスを乗せた。大きな瞳でデジヴァイス、それから栞を見つめる。栞は、いつものように、控えめな笑みを浮かべ、ちょっとだけ頷いた。これが、守人の成せる業なのか。それだけで、テイルモンは安心したような感覚になった。
 手の上にデジヴァイスを乗せたまま、ウィザーモンと栞に背を押され、テイルモンはヒカリに差し出した。


「なあに?それ」


 兄が、同じようなものを持っていたような――差し出されたものに、ヒカリは手をかざす。するとどうだろう。途端にデジヴァイスから眩い黄色の光が漏れ出し、栞のデジヴァイスと結合し、周囲を明るく照らし出した。
 二人をつなぐものが、確かに絆であると言わんばかりに、輝いた。


「この子が八人目の、選ばれし子供なのか?」
「ええ、そうです」
「では、コイツのデジモンは!?」


 急かすようにウィザーモンを見上げるテイルモンの瞳に、栞はやっぱり笑みを浮かべた。


「思い出せるはずだよ。誰を、待っていたのか」


 優しい声は、テイルモンの記憶の糸の絡まりを、ゆっくりと解いていく。「そうだ…」地面に目をやれ、ぽつり、と呟いた。


「『あの人』に言われ、確かに誰かを待っていた…」
―――…どうかお願い。
「幼年期のニャロモンから、誰かを待っていた。くる日も、くる日も、」
―――…この世界を。
「ずーっと待って、待って、待ち続けて。でも誰もこなかった…」
―――…あなたたちにしかできないから。
「そして私は成長期―プロットモンになって、待っているのではなく、自分から探しにいこうと思って旅に出たんだ」
―――…あなたの力となる人と。
「私の行く手に現れたのは、私が待っていた誰かではなく、ヴァンデモンだった」
―――…共に守って。


 空を見上げ、テイルモンは目を細めた。


「そして絶望の日々が始まる。いつの間にか忘れてしまった…。誰かを待っていたということを…。探していたということを!」
「何の話なの?八人目の選ばれし子供って、それが私となんの…」
「誰だ!?」


 聞き覚えのある鋭い怒声が栞の耳に届いた。


「八神くん、」
「栞!?なんでお前が――、っ!!」


 ここにいるはずもない仲間の姿に戸惑いを覚えた太一だったが、それよりも先に、ヴァンデモンの手下であるデジモン二匹の姿が確認できた。状況は――言わずもがな分かりそうなものである。彼らが守人である栞を狙っているのは、周知の事実だ。おそらく彼女を攫って、ヴァンデモンのところへつれていこうとしているのだろう。なぜ、自分の家に――ヒカリのもとにいるのかはわからないが、聞く余地はない。


「ヒカリと栞に何をする気だ!!」
「待て、話を聞いてくれ!」
「ヒカリ!!こっちに来い!!そいつらは敵なんだ!」
「お兄ちゃん、違うの!テイルモンはヒカリを、八人目の子を探して…!!」


 兄とは、そういうものだ。大切な妹が危険な状態にあると思っている限り、『敵』の話など聞く耳持たずだ。もちろん妹は幼いわけだし、向こう側に手懐けられている可能性だって十分にある――とはいえ、太一がそこまで考えているかはわからないが、興奮していることだけは事実のようだ。

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