092 すきまを埋めて
じっとウィザーモンとテイルモンの背中が消えていった方角を見つめながら、何かを祈るようにペンダントを握りしめていた栞に、太一は声をかけた。
今更ながら、自分の家のベランダに栞がいることに、違和感を覚えた。というのも決してくるはずもない人物だからこそだろう。
「そうだ。そろそろ帰らないと家の人とか心配するんじゃないのか?俺、送ってくから、もう帰ろうぜ」
「え…?あっ、そ、そうだよね…。ご、ごめんね…、長居、しちゃって…」
「いや、むしろ助かったから平気なんだけどよ」
思わず慌てて謝れば、太一はからからと笑って手を横にふった。
「栞ん家、どっちだっけ?母さんに言って――」
「え、えっと、いや、あの大丈夫だ――」
そこまで言って、栞は気づく。ここに来る時はウィザーモンに抱きかかえられたので、ベランダに直接降り立ったわけだが、帰る時はもちろん玄関から出させてもらわなければならない。正規ルートでの来訪ではなかったため、とても気まずいことになる。急に心臓がバクバクしてきてしまった。そんな栞の様子に気づいたのか、太一は安心させるように、にっと笑った。
「ほら、行こうぜ」
戸惑う栞に手を伸べて、太一は笑う。急に緊張の糸が途切れたように、ほっと息をついた。太一の笑みには、やはり、不思議な力があると感じた。
「じゃあ、ヒカリ。俺は栞を送っていくから、お前はちゃんと寝てるんだぞ」
「…お兄ちゃん、テイルモン、大丈夫だよね…?」
太一を見上げる瞳は、若干潤みを帯びていた。幼くとも、現在の状況くらい把握できよう。テイルモンとウィザーモンが向かった先は、ヴァンデモンがいる場所だ。危険じゃないわけがない。
くい、と引っ張られた服の裾を見て、太一は心中戸惑った。しかし表情に出すわけにはいかない。くしゃ、とヒカリの髪を撫で、視界が合うように、かがんだ。
「テイルモンなら平気だって。ウィザーモンだって着いてんだからさ。――信じてやろうぜ」
「―…うん」
ずくりと、胸の中で何かが蠢く気配がして、栞は胸元のペンダントを握りしめた。まるで在りし日の、兄と己を見ているかのようだった。それにしては妹であるヒカリは随分しっかりしているから、比べようもないのだが。
太一はいい子だと言わんばかりに髪を撫で回し、それから立ち上がる。「行くか」と軽やかに放たれた言葉に、栞は、小さく頷くことしかできなかった。
その時だった。黒く揺れる雲の奥で、ピカリ、と一つ何かが奔った。それは気づかなければそのままだったかもしれない。しかし、目を凝らしてみると、それは、またピカリ、ピカリと大きな稲妻を伴った。―暗黒の力が、渦を巻く。栞は、ペンダントを握る手に力を込めた。
「なんだ、あれ!」
もちろん、立ち上がった太一の目にも栞と同じものが見えた。まるで絹を劈く少女の悲鳴のように、雷のようなものが、迸る。思わず
その方向は、先ほど、彼らが向かった場所だった。
「テイルモンたちが戦ってる、!」
デジモンの直感的な何かが告げるのか、アグモンがいつになく真剣な表情で呟いた。ヒカリは一気に心配になった。―戦う?戦うって、傷つくってこと、でしょ?「テイルモンたち大丈夫なの?」思わずもう一度その問いを口にし、兄を見上げる。今度は、太一は何も言えなくなってしまった。
「ッ、アグモン、俺達も行くぞ!」
「うん!」
「私も行く、!」
くるりと身を翻した太一の腕を取って、振り向く彼の瞳を見つめる。強い瞳の奥に、一筋、戸惑いがあった。「―ダメだ」そして直ぐに、それは答えとなって口から洩れる。
back next
ALICE+