「まあ一馬ったら、そんなに慌てて」
「し、仕方ないだろ…」
「はいはい。良いお兄ちゃん、だものね」
「からかうなよ!」
顔を真っ赤にして、一馬はおばをにらみつけるように目を細めた。栞は、ふ、とざわめいていた心が、一点のところで落ち着きを見つけたように、静まっていくのを感じた。先ほど、イヴモンによって埋められた隙間に、一馬という存在がかぶさる。傷口など初めからなかったかのように。
ほんの小さく、ふんわりと口角をあげた。
「さあ、折角温めたのに冷めてしまうわ。栞、テーブルに置いておくから、ご飯食べちゃって。―一馬、そろそろお風呂溜まるから入っちゃいなさいね」
「分かってる!」
おばは一通り、息子をからかい倒したあと、満足したように先にリビングに入って行った。テレビの音から察するに、お気に入りのドラマでも始まる時間帯だったのだろう。
一馬はからかわれたからか少しだけに不機嫌そうに、栞の方を振り返る。黒い瞳が、彼女の瞳を見つめ、それから照れくさそうに顔をそらす。その行動の意味がいまいちわからなくて首を傾げれば、彼は小さな声でいった。
「おかえり」
―――… おかえり、 。
彼にとっては何気ない言葉―けれど、栞にとってはかけがえのない言葉。不意に思い出すのはやっぱりテイルモンとウィザーモンのことだった。―無事でいて欲しいと願う。自分が祈り、彼らが救われるのならば、何度だって祈りを捧げよう。
一馬はくるりと背を向け、お風呂場に向かっていった。「ただいま」届かない言葉を、その背中に向けて放つ。 「――おにい、ちゃん」無意識に零れた言葉を掬う者はいない。栞はぎゅ、とイヴモンを抱きすくめると、おばが温め直してくれた夕ご飯を食べるため、リビングの方へ戻って行った。
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