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漆黒の闇は、まるで彼女の髪色を彷彿させるかのように、どこまでも続いていた。一つの棺桶に向かい、多勢のデジモンたちが叩頭していた。ヴァンデモンによってタグと紋章を預かっていたテイルモンも、例外なく、他のデジモンよりも一歩前に飛び出て、深く叩頭する。
「見つからない、だと?」
「はい。少なくとも今は光が丘周辺にはいないようです」
「ピコデビモン、」
棺桶の蓋がゆっくりとずれ、中から漆黒に身をまとったヴァンデモンが現れる。彼が手下の名前を呼べば、暗闇の中からピコデビモンがスーッとおりてきた。足にはたくさんのタグと紋章をぶらさげていた。
「それは!?」
「八人目のタグと紋章をコピーしたものだ。お前が持っているものもそうだ」
言われ、テイルモンは自分の胸元へと目線をさげる。これが、偽物だって?
「で、では本物は?」
「私の手の中にある。たとえコピーと言えど、守人の力を含んでいるのだ。選ばれし子供に接近すれば必ず反応する。――なんとしても八人目を見つけ出すのだ!」
「はっ!」
「―子供たちめ。何としても抹殺してくれる」
暗闇の中で浮かび上がった紫色の唇は、ゆっくりと弧を描く。おそらくは、子供たちを抹殺し、自分のものとなった世界を想像しているのだろう。そして、手に入る、力――黒髪の少女をも思い浮かべ。
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バスは子供たちをおろし、終着点へと向かっていった。少し高い位置から眺めた方が、より多くのものを見られるかもしれないと、子供たちは近くにあった歩道橋にいた。そこから見える景色といえば、マンションが立ち並ぶ風景。うわあ、とコロモンが歓喜の声があげた。
「あれが光が丘団地!」
「ああ」
「すごーい!空、あんな大きなお城に住んでたの?」
「お城じゃないわよ!中は細かく区切られていて、とってもたくさんの人が住んでるの」
「空も光が丘に住んでたの?」
「うん!」
その頃のことを思い出しているのか、空は少しだけ懐かしそうに眼を細めた。
「俺と空は、おんなじクラスだったんだよな。第三小学校一年二組!」
「俺は第四小学校だった」
「じゃ、じゃあ、先生をだますために嘘ついてたんじゃなかったのか…」
「光が丘に住んでいたのは本当だよ」
「うん。僕もちょっぴり覚えてる!」
まだ離婚する前の記憶なのか。たどたどしいものではあるけれど、それでもあの部屋で家族4人で過ごしたことは忘れられない。タケルはパタモンを抱きしめ、嬉しそうに笑っているのを見て、ヤマトも少しだけ微笑んだ。
「僕は第五小学校だった…」
「私も幼稚園のころに!」
「え…?」
こんな偶然があるものなのだろうか。丈に続いて、ミミまで同意の意味を持って言葉を生みだす。――まさか、全員が光が丘出身なんてことは。目を見開く子供たちに、たまらず、光子郎は一歩前に飛び出た。
「僕もですよ!」
「へ?」
「ほんの、少しの間でしたけど…」
全員の目が驚愕に開かれる。そしてその視線は、栞へと注がれた。彼女もならば、本当に全員が光が丘出身ということになる。びくりと、彼女の肩が震える。
そういえば、藤山に下車許可をもらう時、彼女はたしか――。
「――栞も、だろ?」
彼は確かめるように――それでも、有無をも言わさぬ語尾をつけた。自分の記憶に間違いはない。ヤマトは頷く彼女を待った。少しの疑いもせぬ言葉に、栞は少しだけ目を瞬かせ、「…う、うん…私も少しの間だけだったけど…」と小さくこくんとうなづいた。――やっぱり、と彼は小さく呟いたが、それを拾う者はいなかった。
「じゃ、じゃあ全員が光が丘に住んでいたってことか」
「ただの偶然とは思えないですね…」
光子郎の呟きに、子供たちはうーんと唸った。栞は、どこか遠くにそれを感じていた。
確かに偶然の産物ではないと、心の中で誰かがささやきかける。それは冷たい声色であったが、どこか柔らかい色を乗せていたというのに、何故か心は遠くにある。
( 偶然じゃ、ない )
心臓が高鳴るような気がして、そっと胸に手を置き、心の声を復唱する。( 偶然じゃ、ない )もう一度、心の中で呟き、光が丘を眺めた。あの時の幼き自分が甦る。心苦しい記憶しか残っていないが、それでも、そこは確かに栞にとっても大切な場所だった。
「……っ?」
その時、何かが彼女を横切り、栞は急いで振り向いた。例えるのならば、それは黒い風。邪悪なるもののような。しかし振り返った先には、もちろん何もいない。ほとりと首を傾げ、ペンダントを握った。知らずうちに掻いていた手汗を握りしめた。
―――…嫌なことでも、起きてなければいいけれど。
結局その不信感を拭う事は、かなわなかった。「栞、行こうぜ!」そう名を呼ばれれば、彼女は、ただ曖昧に笑みを浮かべた。
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