「あー!何してんだよ、一馬!」
「お前らだって俺のボール勝手に取っただろ!」
「――さて。くだらない茶番はこれくらいにしておいて。そろそろ本題入る?」
「おっ!そうだな。時間なくなっちまうしな」


 地面にしゃがみこみ、適当に見つけた木の枝で、フォーメーションを書いていく。「ここがこう来たら…」「いやこっちに行った方が」会話だけでも、彼らのサッカーに対する愛が伺えた。
 霧は段々と濃くなっていった。「―こんなんでみんな来れんのかよ」ぽつりと呟き、空を見上げた一馬に、英士もあごに指をかけ、目を細めた。


「確かに、さっきよりすごい霧になったね。時間、延期かな」
「マジかよー。俺が今日の練習試合にどれだけ懸けてると思ってんだコノヤロウ!」
「…結人の場合、いつも言ってるよね」
「もち。俺、サッカーラブだから」
「きもちわるい」


 いつもの調子で会話する二人を尻目に、一馬は己の腕をさすった。悪寒、とでもいうのだろうか。何やら嫌な予感がする。
 ―あの時、ここに来た栞が豹変した時のような、変な感じだ。


「一馬」
「…な、なんだよ、英士」
「眉間にシワよってる。お前はそれじゃなくても目つき悪いんだから、気をつけなよ。少しは栞ちゃんの可愛さでも肖ったら?」
「か、かんけいなっ――、っ英士!うしろ!!」
「え?」


 こちらをむいている彼には気付けなかった。しかし、一馬の目からはばっちりと写った。 栞の傍にいる、『イヴモン』―『デジモン』と同じような雰囲気をしている『バケモノ』の姿が。


「オマエ、今、『シオリ』と言ったな――」


 鋭いカマのようなものが、英士の首元につきつけられる。「英士!!」大切な友人に、思いもよらない危険が迫った。思わず後ずさった二人に対し、カッと血走った目を見開いた『バケモノ』は、口角をゆっくりとあげる。


「『シオリ』―たしかに守人の名前、だ。守人はどこにいる」
「もり、びと?知らないなっ、」
「言え」


 ぴたりとあてられた刃が鋭利な輝きを放つ。気丈にも言い放った英士だが、突きつけられている刃物が本物であることを体感しているため、クールな表情を保とうにも恐怖心が沸き起こる。カタ、と音を立てて、彼の体は震え出した。
 『シオリ』―『栞』。それが恐らく彼にとって、つながりのある人物であることに間違いないと一馬は確信した。目の前のヤツは怖い。『イヴモン』とは全然違う。栞を守るものではない。栞に害を為すものだ。ぎゅうと、痛いくらい手のひらを握り締めた。逃げ出したい気持ちを、何とかこらえた。


―――…はーっ、2時間の電車通勤はきついぜ。
―――…どこのリーマンだよ、お前は!
―――…それより一馬、今日の相手チーム、結構手ごわいみたいだよ。
―――…はん。俺たち三人が揃えば、怖いものなんてねーよ!


 学校なんてくだらない。あいつらは低レベルだ。口だけは達者のくせに、サッカーに対する知識も意欲も姿勢も、口ほどでもない。―でもここは違う。みんながプロのサッカー選手目指して、日々努力している。ここで、一馬はかけがえのない友を得た。ここが、一馬の第二の居場所だった。


―――…すごい、すごい! サッカーしてる一馬、かっこいい!


 そしてここは、彼女が笑顔になってくれる場所なんだ。


「―『栞』は、こ、ここにはいない!俺が一番、ア、アイツを知ってんだよ!」
「守人を知ってる…?」
「そうだ!だから英士を離せ!英士はかんけーない!」
「守人はどこにいる?」
「あいつを―栞を探してどうするつもりだよ!?」


 『バケモノ』の注意が、英士から逸れ、一馬に向かった。負けじと叫ぶ一馬に鎌を向け、『バケモノ』はにやりと笑った。


「我が主がご所望なのだ」
「ある、じ?」
「守人は世界の秩序。守人が手に入れば、ヴァンデモン様があちらも、そしてこちらもを闇に染めるのだ!」
「っ、栞はお前らなんかには渡さないぞ!!」


 栞が一体どういう存在なのか、気にならないわけではない。しかし、それでも、彼女は自分にとって、大切な家族なのだ。彼女がたとえ、『守人』という存在であったとしても、だから守るのではない。『栞』が『栞』だから。 


「志貴兄と約束したんだ…っ!栞は、俺が守るって!」
「…『シキ』。忌々しい狩人の名だ。おまえはいろいろ知ってるみたいだ。ヴァンデモン様のもとへ連れていくことにしよう」
「は!?っ、は、離せっ!!」
「一馬ッ!!畜生、なんなんだよ、こいつ!!」


 ぐるん、と鋭い眼光が、他の二人を見た。「や、やめろよ」急いで制止する。この先の展開がなんとなくわかった。今の状況すら、漫画の中の世界みたいだった。


「ふっ、二人に手ェ出したら、俺、舌噛み切るからな!!」
「な、何言ってるんだ、一馬!!」
「カッコ付けるな、ばかじゅま!」


 安易な脅しであるが、引っかかってくれるのだろうか―。闘志を燃やした瞳の奥にある不安の色を見せたが、『バケモノ』は二人から興味をなくしたように、再び前をむいた。どうやら、そこまでして『栞』の情報が大切らしい。


「お前をヴァンデモン様のもとへ連れていく」
「っ、連れてかれたって、栞はお前らのものになんかさせないからな!!」


 家族として、男として、 そして兄として。声は震えていたし、語尾も霞んでいたけれど、それは立派に見えるほどのたくましい言葉だった。


「一馬っ、一馬ァァ――っ!!」


 結人の残響が、薄暗い霧の中に消えていったのと同じくして、『バケモノ』と一馬の姿は、モヤの中へと消え去った。

back next

ALICE+