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 霧さえかかっていなければ、確かにそこは青空が広がっているのに。兄の大好きな色が今は見えない。悲しげに寄せられた眉を見て、イヴモンも眉を寄せる。「栞を手に入レるたメに、ナんでモスるツもりだヨ」本当は、渦中のもとへ向かって欲しくなんてなかった。家にいれば彼女自身が守られるのだから、そのままいて欲しかった。以前の栞であったのならば、自らの危険を案じて家で大人しくしていただろう。――しかし愛するモノを守りたいという気持ちを知った彼女は、それがどれだけ危険な行為だと知っていても、自分を犠牲にするだろう。それが、たまらなく怖い。


「…大丈夫だよ」
「ソんな保証どコにモナいヨ」
「大丈夫、だって、ほらイヴモンがいてくれるから」


 にこ、と控えめに微笑む栞に、イヴモンは瞳を揺るがす。何も言えなくなる、卑怯だ。 不意に、走る栞の視線が再び空へと向けられる。
 グレーがかった空に走っていたのは、一筋の赤いひかり。見知ったシルエットに、思わず立ち止まった。


「バードラモンだ―」
「あっチカらキてたネ」
「…やっぱりビックサイトの方角だ。きっと捕まった人たち、みんないるんだよ」


 もう戦いは――始まっているんだ。無意識に胸元に手を伸ばし、そこにいつも捕まるペンダントがないと悟るとハッとしたように振り返る。
 来た道筋には、おじとおばが待っている。帰ったら、本当の家族になるんだ。 何もつかまなかった手を、ぎゅ、と握り締めた。強い、意志を宿した。


「ネえ、栞。僕が最初に言ッたコト、覚えテる?」
「え、?」
「『君が願えば、その祈りは叶う』」
「――、あ」


 初めてデジタルワールドに足を踏み入れた日。クワガーモンの襲撃から逃げていた時、フワモンに言われた言葉。す、と脳内に浮かんだ。
 目の前のイヴモンはあの時よりも成長していたのに、蒼瞳は、出会ったときから微塵も変わらない。どこか、冷めていて、どこか、暖かい。


「君の願いはなに?」
「私の、願い、?」
「君の意志が確固たるものなら、僕らの中にある元素の『データ』が君に味方する」
「…ヴァンデモンが言ってた。私が願えば、その命を消滅させることができる、って」
「君の願いはワクチンにもなればウイルスにもなる。強い力なんだよ。だからその力、無下にしないで」


 びくりと肩が揺れた。
 自分の願い一つで、世界が左右される。


「改めて聞くよ。 君の願いは?」


 栞の大好きな蒼い瞳は、責めるわけでもなく、ただまっすぐ己を見つめていた。正しくは、栞の『心』を。
先ほどよりも、安易に応えは出せない。
 『守るために』『何かを』『犠牲に』。


「私の、願いは―――」


 ビックサイトを見上げる。巨大な総合展示場は怒号と悲鳴で埋め尽くされていた。見たこともない程の、おびただしい数いる化物たちに捕らえられている人々のことを考えると、胸が痛い。
 『守るため』には―『誰か』を『犠牲』、に。ぞわりと心臓が震えた。


「…行こウ。『守る』ために」


 にこりと笑って、敢えてその言葉を遣う彼は、彼女に何かを示唆しているように見えた。栞は小さく頷く。彼はまた笑い、周囲を警戒しながらビックサイトへと近づいていった。


(もし私が、ヴァンデモンの消滅を願うならば―)


 小さなイヴモンの背中を見つめ、目線を少しだけ下にさげる。


(すべては、終わるの?)


 不意に、ざざっと、ノイズ音が耳にまとわりつく。けれど、それを気づかないふりをして、イヴモンのあとを追った。


―――…おにいちゃん、おとうさんは ? おとうさん、どこ?
―――…栞、とうさんは×んだんだ…


 まるで決戦前夜とでもいうように、その場は静まり返っていた。


17/07/31 訂正
12/07/03


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