でも。


「離せッ、痛いって言ってるだろっ!?」
「お前をヴァンデモン様のもとへ献上するとしよう」
「なっ!?」


 自分の、せいで。
 目の前が赤く染まる。世界が、再び、暗転する。
 脳内が正常に判断できない。怒りが、満ち溢れていく。


「ちがう――」


 ごめん、と心の中で謝罪をし、ミミの手を振り払った。
 それは、静まり返ったホールの中で、よく響く、凛とした声だった。
 ファントモンは口角を少しだけ上げ、振り返った。まるでそうなることを示唆していたように。
 黒い髪は、闇夜に紛れるほど、美しくなびく。紅蓮の炎を灯した瞳は、爛々と輝く。どこまでも、強く、光る心が、示す。それが、答えであるかのように。


「―ちがう、と?」
「その人を離して!その人は違う!関係ない!」
「では、あなたは?」


 意地悪く、聞き返す。分かりきっていることだろうに、わざわざ本人の口から聞くことがその証となるとでもいうように。


「私は――」


 一度、俯いた。何度も牽制され、無茶をするなと釘を刺された。自分の死が、世界の死だとさえ。
 けれど――考えてみた。もし、 誰かが傷ついた世界で、自分だけがのうのうと生きていたとしたら、それは本当の幸せではない。


 イヴモン、ごめんね。守ろうと、躍起になってくれたあなたの思いを無駄にして。
 ミミちゃん、ありがとう。必死になって、守ろうとしてくれて。
 どこの誰だか分からない、皆さん。ごめんなさい。私のせいで、怖い思いをさせてしまって。
 分かってる。これがどれだけ無謀なことかなんて。
 無謀と勇気を履き違えてはいけないって、分かってる。

 でも。―でも。

 もうこれ以上、誰かが傷ついて、悲しむ姿なんて、見たくないから。


「私が――」


 息を吸う。
 なぜだか、暖かい存在を、すぐそばで感じた。


「私が守人です」


 どこまでも、汚れなく澄んでいたあの空が好きだった。
 誰もが、共に暮らせる世界を。愛する子らが笑って過ごせる時間を。誰でなく、自分が守り続けていきたかった。


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