( とりあえず外に出てみよう。ここがどこだか分かんなきゃ何もならない )


 しかし――おそらくはどこかのビルの中だろうが――広い館内を動き回るのは得策とはいえない。しかもここを敵の巣窟と考えるべきだろう。自分を連れ去り、栞を狙うやつらがうようよしているはずだ。


( あー!もうやっぱりこういうのは英士の得意分野だろ… )


 頭をガシガシと掻いてから前を向く。とりあえず――案内図とか?と周りを見回してもそれらしいものは見つからない。部屋を出れたって、行くあてもなくこの辺をうろうろしていたら出戻りだ。意味がなくなる。それこそ命の危険に晒されるかもしれない。――危険を承知で行き当たりばったりにしてみるか。ちらっと薄暗い廊下の先を見て、決心をかためた。


―――…そっちじゃない。

「…え?」



 また、同じ声が聞こえた。おそらく、部屋を開けた声と同じ声。そして一馬にとって、身近であるものの声。


―――…あっちだ。


 声は背後から聞こえる。振り返れば、そこは前方よりもずいぶんと暗い道だった。しかし、同時に、ぽつん、ぽつん、とまるで街頭がともったように光がこぼれ始めた。―震え上がった一馬に、やはり、優しい声が降りかかった。


―――…頼んだぞ、一馬。
「……に、」
―――…栞を、頼んだぞ。

「――志貴、兄」


 その声がかすかに笑って、かすかに揺れて、そして消えていった。
 ぐっと拳を握る。それは悔しさの気持ちからではない。前へ進むという決意の表れだった。
 光は一馬が歩くたびに消えるけれど、また行く先で点り、一歩、一歩と彼へと道を示していた。まるですぐそばで志貴が見守ってくれているようだ。あの絶え間ない明るい笑顔で。


「……出口だ―」


 裏口であろうが、それは立派な出口だ。ここまで順調にこれたのは、この亜空間のような現実で、志貴が見守ってくれていたからだろう。
 戸に触れた途端、ぐにゃりと柔らかな感触がして目を瞬かせれば、すぐに戸は開いた。少しだけ貸してやるよ。その言葉が脳内に響いた。


「…志貴兄…… ありがとう」


 小さく呟いた声は、生ぬるい風にまかれて消えていったけれど、志貴が笑っていた気がした。
 ふと前を見れば光はまだ続いていた。点、点と続くそれはどこか頼りなく揺れるけれど、今の一馬にはとてもたくましく思えた。


「……待ってろよ、栞――ッ」


 不安定で、淀んだ空の下、どこか不安定な気持ちを隠すように前を見据えた。

back next

ALICE+