「な……んで」
脅える少女の姿を、栞は知っていた。あの日、ベランダでテイルモンのパートナーとなった子―八人目の選ばれし子、大切な仲間の、大切な妹。
――八神ヒカリが八人目だということを、ヴァンデモンは知ってしまったのだ。ぺたりと間切りの硝子に手を当て、拳をつくる。そのままの勢いでガンッと叩きつけた。鈍い痛みに襲われた。
「なんで、っ」
キッと振り返った先で、ヴァンデモンは嘲笑うように己の唇をなぞった。にたりとした笑い顔が、どこか不気味だった。
泣きたくなる気持ちを必死におさえてもう一度壁を叩く。そうでもしなければ、足元が掬われてしまいそうだった。
「っ手は出さないって、言ったじゃない!」
「―そうだ、しかし『八人目』に手を出さないと約束はしていない」
「――ッ!」
その言葉に愕然とする。
ならば何のために、己は身を挺してヴァンデモンのところにきたというのだ。一瞬にして、太一の顔が頭をよぎった。――あの子を守らなければ。八神くんに辛い思いなんか、させたくない。
唇をかみしめて、顔をあげた。何のために、自分はここにきたの。誰かを守るために、ミミちゃんの制止を振り払ってきたんじゃないの。なのに、たった一人の女の子も守れないというの。
「その目だ―」
ふわりと浮いたヴァンデモンは、一瞬にして栞に詰め寄り、びくりと震えた彼女の頬に手をあてる。冷たい、まるで死人のようだ。
「やはりその目で私を見るのだな」
「なに、いって、」
「守人よ、私を憎いと思うのならば私の死を願えばいい、お前は守人、お前の願いは現実となる」
「え、」
「お前が私の死を願えば、私のデータは消え去る」
どくんと心臓が掴まれたように、痛い。そうだ。イヴモンにもそう教えられた。自分の願いは、世界の願い。絶対に叶うのだと。――ヴァンデモンはたくさんの人を傷つけた。苦しい思いをさせた。イヤなやつなんだ。ヴァンデモンがいたら、この世界は闇へと変えられ、世界が終わる。 願えば、かなう。
「顔色が悪くなったな、守人」
するりと漆黒の髪を掴み、自分の方へと手繰り寄せる。「たっ、」地味な痛みが頭部に走る。
「さあ、願えばいい。私の死を―」
覗きこまれる瞳は、果てない闇の結晶だとすら感じる。ぐるぐると頭の中さえ支配されるようで、思わず、バッと顔をそらした。
相変わらず掴まれた髪の毛が焼けるように痛かった。
「私が憎いのだろう?―簡単な話だ、『私』というデータを、お前の頭から消し去れば、すべてが終わる」
「おわ、る」
「守りたいのだろう?世界を」
「ま、もる、―みんな、を」
きもちわるい。胃のあたりをぐっと押されたように、吐き気が込み上げた。
この気持ち悪さをぬぐってしまいたい。―願えば、終わるのだろうか。 それなら、一石二鳥じゃないか。悪者は消える。自分の不快感も消え去る。悪い話ではない。それが、皆を守ることに繋がるのだ。
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