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 太陽は一つも出ていないというのに、じっとりとした暑さが足元からまとわりついていた。一馬は額からこぼれる汗をぬぐって、大きく息を吐いた。―やはりあれから自分をここに連れてきたようなデジモンに会うことはなかった。―守られているのか?なんて少し不思議に思ったが、今はそんなことを考えているよりも足を動かさなければ。


「……栞?」


 不意に探し求めている者の声が、しかも悲鳴が、聞こえた気がして一馬は立ち止まる。


「……っくそ!」


 焦る気持ち、早まる気持ちを一身に抑えて、ようやく踏み出せば、そこは街路樹だった。光は、まだ点々と続いている。―いくら運動をしているから鍛えられた肺活量だといえど、走り続けていたらさすがにつかれるし参る。しかもこの暑さだ。荒い息を吐いて一馬が膝に手をおき縮こまったとき、「……かず、ま?」優しい声が己の名を呼んだ。「栞……?」思わずバッと顔をあげればそこにいたのは――「一馬!!」「一馬、無事だったのか!」父と、母だった。


「か、あさん、とう、さん…?」
「ああ、よかった…!!本当によかった…っ」


 駆け寄った母は己の体を強く抱きしめた。怪我はない?どこか痛いところは?朝、会ったばかりだというのに最後に会ったのが遠い出来事のようで。思わずその服を、柄にもなく掴んでしまった。


「…本当に良かった、一馬。心配したぞ」
「……ごめん」
「謝ることじゃないわ。……英士くんと結人くんは?」
「……」


 一馬は首を横に振った。分からなかった。自分の身に起きた経緯を話すと、二人ともくしゃりと顔をゆがめて、よく頑張ったな、と。 ぷつりと糸が切れて、頬を涙が伝った。声を押し殺して泣けば、抱きしめる母の腕に力がこもった。「大丈夫よ、大丈夫」まるで幼い日に戻ったときのようだ。母の腕のなかは、安心する。


「…栞、は」


 しゃくり上げながら問えば、父は首を横に振った。「え?」思わず目を見開く。


「使命だからと――行ってしまった」
「なん、だ、って?だって栞は狙われて、!」
「あの子にしか、できないことなんだと思ったよ」
「父さん、!」
「だから俺たちはここで待つことにしたんだ。あの子が戻ってくるのを。――教えてやろうか、一馬。あの子は言ったんだよ。戻ってきたら、俺たちを両親と認めると」
「……ッ!!」
「きっとあの子は戻ってくる。俺たちと――家族になるために」


 父は微笑んだ。一馬は父に似ているから、父も相当な釣り目であるから元来は鋭い顔つきをしているのだが、―この日ほど穏やかに見えた日はない。


「私たちにできることは――栞を信じて待つことよ。そしてあの子が帰ってきたら、抱きしめてあげること。…一馬、待ちましょうね」


 両親は偉大だ。こんな現状の中でも、その言葉を信じて、待ち続けるのだから。

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