100 ゼロからの綻び
誰よりも弱い存在である己が、秩序と呼ばれることに対して疑問を抱き始めるようになっていた。この世界で生きるものたちは、己を神のように崇め称える。その命すべてを愛おしいと思う己と、無性にやるせない気持ちになる己が分かれていた。――己が光ではないと気付いたその時から、心の端にパキリと小さな亀裂が走った。小さな亀裂は、日を追うごとに拡大していき、最終的に己の心は、二つに裂けた。
この世界を守ろうとする善の己と、この世界を見捨てようとする悪の己に。
「私がおかしくなってしまう、その前に―」
どちらの己も消し去ることは叶わなかった。ただ、元来己の中にあった強く濃い闇が多いかぶさり、二つに裂けたうちの一つの心を、日に日に蝕んでいった。もう、後戻りはできないのだと悟った。
「あなたたちに、すべてを託したい」
五月雨が地に落ちた。頬を伝うは、いったい何であったのだろう。つくりと痛むのは、いったいどちらの心であったのだろう。
「八つの魂に 勇気を、友情を、愛情を、純真を、知識を、誠実を、希望を、そして光を――すべてが連なり、心となる」
救い上げるように、八つの淡い光を掬い上げた。求められたその光に、一つ一つが鮮明に色づけられていく。それは赤だったり、青だったり、あるいは黄色だったりと様々な色だった。
「全てが一つになるとき。再び、この心は戻るだろう」
放たれた光は、空一面を覆い尽くし、やがて消えていった。
きたるその時に向け、今はまだ眠っておこうといわんばかりに。
「どうか――その時には――すべてを照らす道標となりますように」
★ ★ ★
(…栞が連れ去られたって……)
時は更にさかのぼる。
空を駆けるガルダモンの手の上に座りながら、空は頭の中はぐるぐると忙しなく回転していた。目の前でヒカリが連れ去られてしまっただけではなく、栞さえも彼らの手に落ちたというのだ。
(守ってあげるって、そう決めたのに)
きつく目を閉じて、唇を噛みしめた。悔やんでも、その時間に戻るわけではないのに、そうしなければ心が引き裂かれそうになったからだ。
「―空、見て、あそこ」
「え?」
空は再度目を開いたのは、そんなガルダモンの声が聞こえたからだ。彼女の指を視線で追うと、そこはフジテレビ局があって、その前には微かに小さくて分かりづらいが、彼女たちの仲間である光子郎とテントモン、そして見知らぬ男の人が立ち、こちらに大きく手を振っているのが分かった。
「あれは―」
「…親父!」
「え?ヤマトの、お父さん?」
地をかけるガルルモンの背にまたがったヤマトの声が聞こえ、空はガルダモンに少し低く飛んでもらうように言った。ガルダモンはすぐさま空の言葉に応じ、ガルルモンに寄り添う。
「ヤマト、お父さんって本当?」
「あ、ああ。…無事でよかった」
「―そうね」
瞬間、捕まる直前の母の叫び声が空の脳裏をよぎった。――よかった。ヤマトのお父さんは無事で。安堵の息をつき、頬をゆるめるヤマトを見て心から思った。
彼らに近づくと、光子郎は手をふりながら駆け寄ってきた。
「ヤマトさん!空さん!!」
「光子郎くん!ここにいたのね」
「っヤマト!」
「親父!!」
空もヤマトもデジモンたちから降りて、彼らに駆け寄る。――近くで見てますます安心した。服はいたるところ汚れが目立つが、外傷は特になさそうだった。しかしほっと笑みを浮かべるヤマトとは対照的に、ヤマトの父はぐっと眉を寄せた。
「何故隠れていなかった!?」
「…悪かったよ」
父親の言うことを聞かなかったことに対して、バツが悪そうに謝罪をした時、ガルルモンの顔が彼の横から現れた。
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