「もりびと……ああ、良かった……戻ってきてくれたんだ……」


 まるで夢を見ているかのようだと言いたげな声色だったので、栞は息をのむ。このデジタルワールドに降り立った、新たな災厄の片鱗に触れた気がした。
 ゆっくりと労わるようにチューモンの背を撫で、抱きしめ、立ち上がる。


「お〜い、誰か〜!!」


 丈の情けない声が響いた。子供たちは丈の存在を思い出し、「いっけね、忘れてた!」とゴマモンが真っ先に駈け出す。チューモンの存在に驚いたとはいえ、うっかりしていた。


「ゴマモン、手を貸してくれ!一人じゃあがれないんだ!」
「手を貸してくれって言われても…」


 ゴマモンは己の手を見つめ、困った顔をした。この手で引き揚げようものなら、爪で丈を刺すしかなさそうだ。
 「あっ…これは…!!」そこに太一とヤマトも駆けつけ、思わぬ光景に息をのんだ。


「じょ、丈!はやくあがれ!」
「え…? うわあ!?」


 丈の下、つまり崖の下には何もない。底なしの闇が広がっている。どれほど深い谷なのか計り知れないが、落ちたら一たまりもないだろう。
 これぞ火事場の力というやつか、生命の危機を感じずにはいられなかった丈は、誰の手を借りることもなく自力で登りきることができた。


「分解、されてる」
「分解…?」
「データが、分解されていく」


 チューモンを抱きしめた栞は、呆然とつぶやいた。 彼女たちの目の前で、今まさに景色が切り取られ、宙に浮かび上がり、ボロボロと崩れて落ちていく。先ほどまであった場所が、もうない。
 栞は意識を失ってぐったりしているチューモンを、彼が最も安心できるであろうミミへ預け、崖っぷちに立つ。


「栞、あンまり行クと危ないヨ」
「……うん、」
「……大丈夫?」


 先ほどと同じ言葉が投げかけられる。だがもう安易に大丈夫とは答えられなくて、栞は俯いた。
 この世界に異常が起こっており、それは誰かが故意に起こしているものだ。勝手に起こるような代物ではない。だが誰が何のために起こしているのか、皆目見当がつかなかった。敵意だけが向けられている。


「ここはもう、『私』の世界じゃない」


 殆ど無意識にそうつぶやいて、栞は目を閉じた。

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