116 箍の花




 ただ、その光景を見ていることしかできない無力な自分。

 自分は何をしている。何故何もできない。いつだってこの手が何か届くことはない。終わったあとに無力さを嘆くばかり。決意しても、何も変わらない。変われない。

 かわいそうなパルモン。あんなに怪我をしてまで子供たちを守ろうとしてくれたのに。

 自分が弱いから。

 犠牲なくして世界は成り立たない。エンジェモンもウィザーモンもチューモンもピッコロモンも、自分が弱いから犠牲になった。なのにこんな弱い自分にすべてを託した。
 自分なんかが守人であるばかりに本当だったら犠牲にならなくてもよかった者たちまで消えてしまったのではないだろうか。

 ―犠牲なくして、世界は成り立たない。本当だったらこの命一つで終わらせることができたのなら、彼らは何のために犠牲になったのだろうか。終わりの見えない迷宮の中で、光は見えぬまま。


 ゆらりと栞は立ち上がった。静かな炎に身を包み込まれたようで、その佇まいに危惧をしたのは空だった。助けてもらったホエーモンの胎内にしっかりを足をついて、彼女の腕を引いた。そしてその表情を見て恐怖してしまった。

 ―色が、なかったから。

 たとえ守人であろうと彼女だって自分たちと同じ子供だ。まだ小学生だ。仲良くなってまだ日は浅かれど、色んな栞を見てきたつもりだ。泣いて、笑って、時には激情して、たくさんの感情を持つ一人の女の子であったはずだ。

 ―ならここに立つ、この子はなんだ。

 なんの感情の色もなく。怒りもせず。泣きもせず。ただまっすぐ前を見据えるこの子は何だ。同じ子供だ。同じ小学生だ。守人と選ばれし子供という立場の違いで間引きされようとも、大切な親友なのに。
 辛くも、ホエーモンのおかげでメタルシードラモンの追撃から逃れることができた子供たちは、再び笑って陽の光を浴びることに感謝した。あのままでいたら、文字通り、海の藻屑となっていたに違いない。空を飛ぶ鳥たちも、どこか平穏とした空気を醸し出す。


「助かったよ、ホエーモン!」
「本当、一時はもうダメかと思いましたよ」
「みなさん、無事で何よりです」


 海風が頬を通り過ぎていく。潮騒が、胸を掻き立てていく。
 空はただ栞の手を掴んでいた。離したらどこかへ行ってしまいそうな気がしていた。今、メタルシードラモンは近くにいないのだから、彼女の中の何かが変わってしまうことはないのだろうけれど、それでもそうしなければならない気がして、保険のつもりだった。ぎゅ、と強く握って見せる。

 震えが伝わったのだろうか。それとも空の考えなど見据えているのだろうか。栞が、いつものように控えめな笑顔を浮かべみせたのだ。それが一層、空の中に存在する心配を湧き上がらせ、加護欲が生まれる。―守らなきゃ。栞は大切な親友だもの。つないだ手は温かい。だって、栞は人間だもの。守人であろうがなかろうが、大切な仲間なんだから。


「なあホエーモン。どうしたら俺たちはダークマスターズたちを倒せるんだ?」
「やつらがデジモンワールドをこんな風にしちゃったのはなぜなの?」


 しばしの沈黙のあと、ホエーモンは静かに言った。


「私にも詳しいことは分かりません。突然世界がゆがみ始めたかと思ったら、今のような状態になってしまったのです。そして、メタルシードラモンがこの海を支配しはじめたのです」

「クソォ…メタルシードラモンめ…!」


 たまらず、太一はホエーモンの背中に拳をたたきつけた。その表情は苦し気に歪められており、同様に他の子供たちもどんよりと暗い顔つきだった。その中からヒカリが立ち上がり、兄の大きなその背にしがみついた。


「お兄ちゃん、元気出してよ」
「…ああ…そうだな。…元気出すか!」


 自分よりも小さくて華奢な妹に励まされ、しっかりとその肩に手を回し、やがて笑顔を浮かべる。その笑顔につられ、他の子どもたちにも笑顔が生まれる。―やはり、八神太一は太陽だ。みなを輝かせる存在だった。栞は、そんな太一がまぶしくて、目をほそめた。

back next

ALICE+