117 伝え忘れたもの、ひとつ
再びホエーモンの腹部へと誘われた子供たちは、すこし緊張した面持ちで立ちすくんでいた。その中で光子郎が熱心にキーボードを叩きつけている音が響き渡る。そのパソコンからケーブルが上へと伸びているが、どうやら胃につなげているらしい。
彼が今、何をしているのかが子どもたちには全く分からない。
「光子郎、お前は何をしているんだ?」
「ええ、ちょっと…」
「なんだよ〜、勿体つけずに教えろよ!」
「まあ、見ててください。―よしつながった!」
カタカタ、カタカタ。聞いても応えてくれないため、キーボードを打つ音だけがやけに残る。最後にエンターボタンを力強く押し、光子郎の顔に笑みが浮かぶ。その力強さに、子供たちは何事だと彼の周囲に群がった。
画面に映し出されたのは、薄暗い海底のようだった。―まさに今彼らがいる場所だ。「わあ!」と、感嘆の声があがった。
「光子郎はん、これなんでっか?」
「ホエーモンの視覚情報をこのパソコンに経由させたんですよ」
「けーゆ?」
「つまりですね」
この画面に映し出されているのは、実際に今ホエーモンが見ている映像そのものだ、と光子郎は分かりやすく説明してくれた。
パソコンを駆使してそんなことができるのか、と子どもたちから賛辞の声があがり、光子郎は照れくさそうに頬を掻いたのと同時に、「すごーい!潜水艦みたーい!」とミミはその場でパルモンの手を掴み、くるくると踊りだした。
その時だった。
「…っ」
耳をおさえ、強く目をつむったヒカリは何かを我慢するように顔を歪めたのだ。その変事に真っ先に気づいたのはテイルモンで、同じように気づいた太一が心配そうにその顔を覗き込む。
「ヒカリ、大丈夫?」
「どうした?」
「だいじょうぶ…。ちょっと耳が…」
「“ミミ”?」
全員の視線がくるくる踊る少女に向けられる。「え?」そのミミも視線に気づいた瞬間、耳に違和感を覚えたのか、彼女も自分の耳を抑えた。
「私も耳がキーンって…」
「俺も…」
他の子どもたちも同じように耳を抑える中、栞はその様子においてきぼりになっていた。耳に触れてみても、特に違和感はない。辛そうな顔をする空の顔を覗き込んで、眉尻をさげる。
「空、どうしたの…?」
「栞は大丈夫なのね。…なんか、耳がキーンって…鼓膜が…変なの」
鼓膜?瞬いて、もう一度耳に触れる。やはり違和感はない。腕の中のイヴモンは、他の子どもたちやデジモンたちと同じように辛そうに目を強くつむっているので、おそらく、己だけなのだろう。イヴモンの頭を撫でてみてから、周囲を見渡した。
「はは…すみません、少し急いでもぐりすぎたようです。今、気圧を調整しますから」
頭上からホエーモンの声が響いて、彼らには分からない速度で周囲の気圧が変化する。違和感が消え去ったのか、子供たちの表情が安堵のものへと変わる。
それをやはり遠くに感じながら、栞は視線をさげた。ありとあらゆる人としての苦痛が消えていく感覚がとても怖かった。
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