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 がくん、と揺れたホエーモンの体が、もちろん、敵からの攻撃を受けているということが考えるまでもなく明らかだった。


「ハンギョモンの攻撃です!皆さん、気を付けてください!」


 ホエーモンがハンギョモンの攻撃を振り切るように全速力で泳ぎだす。大きな尻尾を思い切り海底へ叩き付け、砂煙と泡を起こし、追っ手を目くらましする。
 不安そうに、今にも泣きだしそうなミミの手を空は握る。きっと大丈夫よ、その声色にも不安があふれ出していた。パタモンを抱きしめるタケルも、男の子だからと我慢しているがきっと不安で仕方ないのだろう。個々を見渡せば、みな一様に顔色は暗く、重たい。この海の中ではホエーモンに守ってもらうしか術はないが、ホエーモンの中にいたままでは戦うことはできない。


「……私、が」


 もっと力があれば敵を一網打尽に出来たりだとか、もっと守人としての知識があれば敵を蹴散らす方法を思いつけたりだとか、勇気があれば、それこそもっと残虐であれば、もっと残忍であれば、ためらったなどせずに、みなを守れるだろうに。
 だが現実は残酷だ。そのどれも、栞は持ち合わせてはいなかった。一度唇を噛みしめ、目を閉じた。追いかけてくるハンギョモンの群れはどんどん勢いを増していく。このままではやられるのを待つだけだ。


「……私を、囮に」


 出来ることと言ったら目を引くこと。デジモンたちはおそらく、栞を無視できないだろうから。狙われているのは重々承知だし、今までの敵とは違い、本当に命を落としかねない。分かっているから、声が震える。そして、もし、ダークマスターズの前に出たとして、己は正気を保っていられるのだろうか。また怒りや憎しみに支配され、正当な判断ができなくなるのだろうか。―むしろ、いっそのこと、それらの感情に身をゆだねれば、栞は守人として彼らを守れるのだろうか。様々な疑問が浮かんでは消えていく。


「それはできません」


 そう、静かな声が響いて、栞はドキリとした。誰にも拾われないほど、小さなつぶやきのつもりだった。


「我々が、あなたを差し出すことはできません。それをするくらいなら、決死の覚悟で、命を賭して戦います」
「でも、ホエーモン、」
「あなたは、我々の秩序です。―我々のすべてです」


 今ホエーモンが、どんな顔をしているか、知れない。栞自身、どんな顔をしていいか分からない。
 いつだって、どんな時だって、彼らは等しく、栞を慕う。それは栞が守人であるからだ。どんなに力がなくても、弱くても、何もできなくても、栞が守人であるから、彼らは命を賭け、すべてを託すのだ。まるで、王様になったような気分だと思った。存在が、世界を守る。彼らが栞を守るのも、慕うのも、ひとえに、栞が責務を果たしているからだ。存在するだけで、世界は守られている。


「ごめんなさい」


 息をはくように、謝罪を口にする。見守っていたイヴモンがすり寄り、微笑む。「すべテ言ワれてしマったネ」相変わらず、片言のような若干聞き取りづらい声が、とても暖かく感じた。


「そうだぞ、栞。変なこと考えんなよ」
「大丈夫よ、栞さん!こんなのへっちゃらだもの!」


 おわれている間。一瞬も気を緩めることのできない空間の中で、ふんわりと温かい風が吹き抜ける。―守りたいんだ。この人たちを。いつだって、どんなときだって、栞の心を温めてくれる大切な仲間だから。


16/05/23

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