118 せかいが幸福になるまで
「後方より、更にスクリュー音3つ!」
「何ですって!?」
「敵の増援です!」
「このままやとあきまへんで!」
意を決したように太一は唇を噛みしめ、顔をあげる。その先に、栞がいた。先ほど、己を囮にと呟いた少女。どんな顔でそれを呟いたか、見ていなかった太一には分からない。確かに、栞は守人なのかもしれない。けれどそれ以上に、彼らにとっては、一人の大切な仲間でしかないのだ。
(そんなことしてたまるか!)
―そうなるともう道はひとつしかない。
「ホエーモン、浮上してくれ!そうすればまだ戦いようがあるはずだ!」
「…! 頼む!!」
「ホエーモン!!」
暫くの沈黙のあと、ホエーモンは息を吐いた。それは泡となり、深海の底へ消えていく。
「私に考えがあります。うまくいけば、敵を撒けるはずです」
「うまく…いけば……って?」
「うまくいかなかったらどうするつもりよ!」
未だ目を回しているパルモンを抱きしめ、ミミが金切声をあげたが、ホエーモンからの返答はない。
ホエーモンは加速する。パソコンに映し出された映像は、よほど深い場所なのか、暗くて見えづらかった。だがどんどんと下降していくのは分かった。どうやら更なる底へと進んでいっているらしかった。先ほどまでの広さとは異なり、狭い海溝をどんどんと潜っていく。不安に愕然とする子供たちとは裏腹に、栞はどこか冷静だった。―先ほどのホエーモンの言葉を信じたからだ。
ばかめ、と彼はほくそ笑む。先ほどまでの障害物があるところとは異なり、狭い海溝の中は追いつけさえすれば、こっちのものである。彼はよほど幸運の女神に微笑まれているのだろう。すべてが彼の方に向いている気さえした。振り上げた切っ先は折れることなく、ホエーモンの体に突き刺さる。しめた、こちらの勝ちだ!! 笑い声が漏れた時、ベコリ、と変な音を聞いた。
(なんだ?)
疑問に思う間もなく、彼の体は投げ出される。「うわあああああ!!」気づいたときには、多量の泡を吐きながら、かなたへと飛ばされていた。
「そんな…!」
「チッ」
モーターを水圧のせいで潰され、抗えず投げ出された彼を呆然と見送った彼らもまた、忌々しく舌打ちをかまして、戻っていったのだった。
★ ★ ★
「なるほど水圧です!これがホエーモンの作戦だったんですね!」
「ホエーモンはもともと深海のデジモンだから水圧なんてへっちゃらなんだ!」
「やったねホエーモン!!」
関心したように声をあげた光子郎の周囲で、子供たちは歓声にわいた。
「なんとかなったな」
不安げに周囲を見渡すヒカリを安心させようとその傍らに膝をついて、頭をなでてやると、やはり眉を下げた妹は、不安そうにそっと呟いた。
「お兄ちゃん、これからどうするの?」
「…いつまでも深海にいるわけにはいかないし…」
その言葉に返答はなく、代わりに空は同意するようにつぶやいた。
ハンギョモンの代わりにメタルシードラモンがやってこないとも限らない。彼は自分の手で終わらせたいと思っているだろうから、この場にいたら余計に危険度は増すばかりだ。かといえ、このまま浮上すればハンギョモンの襲撃にあい、ハチの巣になることは間違いないだろう。
ふ、と思考をめぐらせていた光子郎の脳裏にひとつの打開策が生まれる。さすが、知識の紋章の持ち主といえる。
「そうだ、ヒカリさん。ちょっといいですか?」
首を傾げるヒカリの耳元で、その案を告げているのだろう。最初は不思議そうにしていたヒカリも、徐々に表情を明るめ、最後は「はい!」と大きく頷いた。
ヒカリは光子郎の言葉通り――と、最初は彼女のアドリブだが――子どもたちより二歩前に出ると優雅に一礼してみせる。何をするのか分からない他の子どもたちに笑いかけてから、「では」と言い置き、首からかけているホイッスルを手に取った。
「おねがいします」光子郎の言葉を受け、ヒカリは大きく息を吸い込み、ホイッスルを加え――。
ピイイィィ――…。
その小さな体を跳ねあがらせるほど、深く、深く息を送り込む。ホエーモンの中で右往左往と響き渡る笛の音は、振動となって、海の中を泳いでいく。子供たちはその様子を見守る。長い笛の音が終わりをつげ、ヒカリは大きく息を吸って吐いてを繰り返し、元の位置に戻った。
「うまくいきました、ヒカリさん!ご苦労様です!」
「はい!」
「音の反射を利用してこの先に横穴を見つけました!ここから逃げられるかもしれません」
「はい、私も感じました。どうやら地上近くへその穴は通じているようです」
再び歓声をあげる子供たち。一人では決して思いつかないこと。一人一人の意味を知る。仲間の偉大さを感じる。栞は、やはり頬を緩めた。
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