「分かってるよ、そんなこと!でも今言わなくったっていいだろ!?」


 威嚇を繰り返す野良猫のように、ヤマトは太一の言葉にかみついた。―なんでこいつはこうやってみんなの不安を煽るようなことを言うんだ!戦わなければならないことくらいみんな知っている!けれど今それを言う必要があるのか? 
 もちろん、沸点の低くなったヤマトだって冷静さを欠いていたからこそ、些細な言葉も見逃せなかった。


「お兄ちゃん…!喧嘩しないで…!」
「タケル…」


 激昂するように燃え上る火に水をかけたタケルは、兄の服にしがみついて仲裁に入る。とたんに火の勢いはおさまって、そこで鎮火する――はずだったのだが。


「このままじゃいつかやられちまう。敵がどこにいるのか突き止めよう!」
「ちょっと待てよ!!」


 鎮火し始めた火に油を注ぎ、風で煽る。
 お互いの意見はどちらも間違いではないからこそ、両者一歩も譲れない。どうしたことか。仲間を思いやるがあまり、二人が衝突を繰り返すのだ。


「…っおねがい、やめ、――…!?」


 これ以上、仲間同士が争う姿を見たくはない。胸元をぎゅ、と握りしめ、栞が勇気を振り絞って声を出したが、それは、突然の出来事の前に消えていった。

 ―今まで目の前にいたはずの太一の姿が、どこにもなくなっていたのだ。


「!?太一!?いなくなった!?」
「お兄ちゃん!!?」
「太一!!」
「どこ行ったんだ!?」


 困惑が子供たちに走る。だって、現に目の前でヤマトと言い争いをしていたというのに、始めてから存在していなかったかのように、彼がいた場所には空白が生まれていた。
 そうして、次の瞬間、ミミの姿も消えていった。続いて、空と、光子郎。丈に、ヒカリ。パートナーたちが名を呼んでその姿を探すが、返事はかえってこない。ぱたり、とこの数十秒の間に、子供たちの姿は消えてしまった。
 残ったのはヤマト、タケル、栞とデジモンたちだけになっていた。


「消えた…!?」
「どうして…?どうしてなの!?」


 不安そうにあたりを見回すタケルの手を取ったヤマトは、その存在がここにあることを確かめる。―タケルさえ、無事でいれば、それで。


「俺にも分からない…きっと敵の仕業だろう」
「え!?」


 呟いたヤマトの言葉に、栞は考えをめぐらせた。
 戻ってきたとき、ダークマスターズの洗礼をうけた。次々と消えていく仲間たち、勝手に動いた地面。操られているとしか思えない。それができたデジモン、あの時それをやってのけたデジモンは――。


(もしかしたらピノッキモン…?)


 木製の身体、感情のない瞳。その姿が、脳裏に浮かび上がる。それを伝えようかと俯きかけていた顔を真正面に戻したとき、ヤマトのいつになく真剣なまなざしがタケルを射抜いていることに気づき、口を噤んだ。


「タケル…」
「なあに…?」


 ――タケルさえ、無事でいれば。
 仲間が消えたことで不安そうにしていたタケルへと向き直り、ヤマトはしっかりと思いを告げる。


「お前だけは絶対俺が守るから…」


 今までもそうであったように。タケルには、ヤマトがいなければいけないのだ。
 あの日、両親が離婚したとき、離ればなれになることを嫌がり、泣きじゃくっていた小さな弟。喧嘩ばかりしている両親のもとで自分にすがる小さな手。生まれ落ちたその日から、兄となったその日から、お前は俺が守るって、そう、決めたんだ。


「お兄ちゃん…」


 ―だが、それは。
 実際には、ヤマトのエゴでしかないのだろう。その言葉を受けたタケルが、ぐ、と眉を寄せ、どこか悲しそうに唇を噛みしめたのだから。

 子どもだから。弟だから。いつも、いつも、そうやって。


「僕たちみんなで力を合わせてここまで来たんだ…。それなのにどうしてお兄ちゃんは僕だけ特別扱いするの?」
「タケル、!」


 思いもよらない返答に、ヤマトは動揺してしまった。
 幼いと思っていた弟が、ずっと守ってきた弟が、まるで見知らぬ少年のように大人びた瞳を、思いを、自分にぶつけてきたから。


「僕だって一緒に戦ってきたんだよ!?そうでしょ!?僕、お荷物だった…?お兄ちゃんにずっと守ってもらわなきゃいけないほど、頼りない!?」
「タケル、そうじゃない…、俺が、俺が言いたいのは…」
「なに…?」


 タケルを守ることで。タケルを“特別扱い”することで、彼はそこに自分の存在を見出したかったのかもしれない。離ればなれになることを厭うが、口に出して煩わしく思われるのが嫌で、“いい子”でいたくて、そして弟を守ることで“兄”としていられることが、いつのまにか自分の存在意義になっていたのかもしれない。
 タケルの凛とした希望に満ち溢れた瞳が、ただ、ヤマトを射抜く。そこにいたのは、もう守られているだけの小さな弟ではなくて、言ってしまえば、一人の“男”の顔をして自分の目の前にいる。

 タケルの声が、脳内で警鐘のように響き渡る。


「俺は、ただ……」


 視線が、彷徨う。口ごもるのは、タケルの言いたいことが、ヤマトの心を揺らがすからだ。ほとんど無意識のうちに視線は栞へと向けられていた。―そうだ、栞だって、そうやって消えてしまったじゃないか。

 ヤマトが守りたいものも、傍にいてほしいものも。
 あの時、いなくなってしまった彼女のように、両親も、――タケルも。

 零れ落ちていく。
 この両手では、救えない。

 ――兄と弟。立場が違うからこそ、彼らはときにぶつかるのだろうか。見守る栞も、デジモンたちも、何も言えず、二人を見つめることしかできなかった。


16/07/19

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