「…あなたは何を知っているの?」
「すべて、とまではいきませんが、ある程度のことなら知ってますよー。そして、それを伝えるために、命からがらこうしてやってきたわけですー」


 よくよく見てみれば、その真白な純毛はところどころ赤く染まっていたし、無数の傷跡が残されていたことに驚いた。殆ど無意識のままその身体に手を伸ばせば、へらりと表情を崩して何度も耳を動かしていた。くすぐったかったのかもしれない。


「…こんなに…傷だらけで…」
「俺があなたのもとへたどり着くのを恐れたやつらの仕業、ですねー。あいたたた、自慢の毛並もちょっぴり残念なことになってしまいましたよー。それでも、あなたのもとへこうしてたどり着けたから良しとしましょうー」
「…、…あなたは一体何者なの…?」
「俺は、俺ですー。あなたがあなたであることと同じように」


 おずおずと問いかける栞に、彼はにっこりと微笑んだ。その瞳の中には何もない。どこか淀んでいて、だが光だけは佇んでいる。その光には、栞の大好きな色をたたえていた。


「アイツら、成り替わろうとしているみたいですねー。畏れ多くも」
「それは…どういうこと?」


 小さく短い指を眼前に突き出して、アムモンは一本ずつその指を中に折りたたんでいく。その行為が分からず、栞は首を傾げた。


「デビモン。アイツは守人さんがただただ欲しかったように思えますー。ヴァンデモン。アイツは守人さんを傀儡にして利用するつもりだったんですねー。…まあそこまでは対して変わりませんよー。ただ一つ、違う点というのがありまして」


 三本目の指を折りたたもうとしたとき、一度拳をつくり、そして、パッと広げた。思わず栞はびくりと身を揺らす。
 ふ、とアムモンのまとう空気が冷える。間延びした口調だったのが、急にぱたりととまった。妙に緊張感が溢れ、栞は委縮してしまった。


「あいつら、守人さんの力を手にし、なり替わろうとしているんですよ」
「なり替わる…?」
「言葉通り、自分たちが秩序になろうとしているんです。だから力を奪い取ったら、守人さんは不要になる。…だから殺される」
「……!」


―――…アイツらのもとへ行ったら守人が殺されてしまう!


 チューモンの警告ともとれる叫び声が、脳裏の中で響き渡った。あんなにも必死につかんでくれた小さな手。守ることができなかった、優しいデジモン。―もう、誰の死も、見たくない。

 そうしてふるえる栞に、アムモンは、す、と正しい姿勢で、す、と言い放った。


「――実際、狩人さんは捕まってしまいまして、力をとられてしまった」


 狩人――その名称に、栞の体がぴくりと反応する。驚きと、様々な感情が入り混じった瞳が、アムモンを射抜いた。彼はただ何かを試すように、栞を見返す。――今、彼は、なんていった?
 自分の中で爆発するように燃え滾る感情が生まれていくのを、ただ他人事のように感じながら、栞の中で、大好きな声が甦る。


―――…俺がお前に嘘ついたことあったか?
―――…お前は俺が守るから。だからお前は忘れような。


「おにい、ちゃ、ん……?」


 あの日の笑顔が、雪が降る世界の中で消えていく。大好きな声も、好きな仕草も、段々と薄れていく中で、ただ手放さなかった思いも、ふ、と甦った。

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