「…お兄ちゃん…は…ダークマスターズに…つかまったの…?」


 どこかへと消えてしまった兄をずっと探していた。いつか会えることを信じて、もう泣き虫で甘えん坊のままではいられないから、少しずつ一人で立ち上がって、強くなることを決意して――その答えが、今、明かされた。


「…ええ、はい、そのようですね」
「じゃあ…じゃあ!お兄ちゃんはここにいるの?――アイツらのところに、お兄ちゃんはいるのッ!?」
「…栞、落ち着いて」


 荒い語調の中に含まれた怒気に、イヴモンは冷静さを保ったまま声をかける。彼女の瞳の色は赤。烈火のごとく、燃え盛る。


「あの人の光がそこにある、俺にはそう見えましたー。俺とあの人は…繋がっていますからー」
「っ……」


 やるせない思いに、彼女は拳を強く握りしめる。いつもの彼女とは、まるで様子が違う。荒々しい態度。思い出されるのは、ダークマスターズのところから命からがら逃げだしたときの―否、ピッコロモンが自らの命を犠牲にしてまで逃がしてくれた時、空に掴みかかった姿。何故止めた。アイツら殺してやる。小学生とは思えないほどの殺気と狂気に、大地が震えた。その時と、今が、重なる。


「栞、待って。どこに行くの」


 感情のまま背中を向け、足を動かす彼女に、イヴモンは声をなげかける。
 どうしてそんなに冷静でいられるのだろう。兄が彼らに捕まっているのだという。どんな仕打ちをうけているのだろう?いつ、どうなるか分からない状況にいるのだろう?―冷静でなど、いられない。


「あいつらのところ行かなきゃ……!!お兄ちゃん、助けなきゃ…っ!だって殺されちゃうんでしょう!?」
「…いえ、今はまだ大丈夫でしょうー」
「どうして、!!そんなの分からないじゃない!」
「いずれかは殺されてしまうと思いますが」
「じゃあ…!!」


 憤る気持ちを抑えきれず、今の自分では誰かを傷つけてしまう。そう思いながらも、感情を抑えることができなかった。勢いのまま言葉をぶつければ、目の前のアムモンは、そっと息を吐いた。


「答えは、まだあなたを手にしていないから、ですかねー。二つ揃ってないとこの世界のバランスが崩れるんですー。彼らは世界の半分である光―つまり狩人さんを手にし、その力を奪った。けれどそれだけでは何の役にも立ちません。…もう半分を手に入れなければ、狩人さんの力を持ってしても意味がないんですよー」
「もう…半分て……」
「お察しのとおり、ですよー。守人さん、あなたの力を手に入れたら、きっと殺されますね。…まあ、あなたも含めて、ですけどねー」


 視界が涙でぼやけていく。瞳の中の赤と、灰が、交互に、入れ替わっていく。感情が、あまりの情報の多さに追いつけない。
 のほほん、と白うさぎは緊迫した空気などもろともせず言ってのける。栞は俯いた。―ずっと探していた。ずっと会いたかった、その人が、そこにいるのに。


(おにい、ちゃん、が…そこにいるのに…)


 太一が、ふとした時に見せる仕草が。ヤマトが、タケルを見つめるその視線が。彼らの行動ひとつひとつ、すべてが、大好きな兄へとつながっていた。―羨ましくて、まるで恋を覚えた乙女のように、胸元を握りしめて、その慟哭をおさえる。



「…おにいちゃん……」


 自分にだって、兄がいたんだ。優しくて、頼りになって、温かくて、誰よりも自慢の兄がいたのだ。―そこに、いるというのに。


「栞」
「…イヴ、モン…」
「今、ここでは何もできないよ。……大丈夫、志貴はまだ生きてる」
「…うん…、うん…っ」


 くしゃりと泣きそうな顔をして胸元を握りしめる栞に、イヴモンは柔らかく微笑みかけ、それから目の前ののほほんと居座るアムモンへ鋭い視線を送る。


「この世にもう志貴…狩人がいないんだったらお前だって生きてはいない。…そうだろ、白いの」


 一瞬、アムモンの周りの空気が冷ややかなものに変わったが、彼はすぐににっこりと微笑み、ぴょこんと耳を倒した。


「今、白いのはあなたも同じでしょうー?」
「……相変わらず口の減らないやつだな」
「お互いさま、ですよー」
「とにかく、栞の不安を煽るような余計な口出しはするな」
「そちらは相変わらず反吐が出るほどの過保護っぷりですねー」


 まさに一触即発の雰囲気に、栞は涙を拭いて戸惑った。まるで敵と対峙したときのようで、イヴモンの空気は冷たいし、同じようにアムモンの空気も冷ややかなものだと肌で感じ取って分かった。
 だがアムモンは再度にっこりとほほ笑むと栞をとらえ、その小さな手で栞の手をぎゅ、と握りしめた。その際、イヴモンの目が般若のように吊り上がったのはアムモンしか知らず、だからこそ彼は余計に煽るような真似をするのだということもイヴモンしか知らない。悪循環である。


「まあまあ、とにかく、あなたが一人でいることは危険ですねー。守人さん一人、役立たずなパートナー一人じゃ、狙ってくださいって言ってるようなものですよー。はやいところ、選ばれし子供たちと合流した方がよさそうですー」


 その時、栞はハッと目を見開いた。そうして、兄のことしか考えられなくなっていたことを恥じ、肩を落とす。仲間だって大切なはずなのに、自分は確実に兄と天秤にかけ、圧倒的に兄へと思いが加重していたのだと知る。


「…そう、だ…みんなを探さないと…でも、みんなどこへ」
「ピノッキモンの考えは至極単純ですよー。…俺ならそこまで連れていって差し上げますよー。あと俺はそこの役立たずとは違って戦えるのでこれから守人さんをお守りしますねー」


 がらっと空気の変えたアムモンは、お腹が空いたからご飯を食べる、というように簡単な口調でそう言った。呆気にとられ瞬きを繰り返す栞に、にこり、とほほ笑んで跳躍してみせる。―まるで、幼年期の頃―といっても本当に少ない記憶だが―フワモンがよく己をアピールするために取っていた行動に似ていた。


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