「だめだ栞、そんな確証はどこにもない」
「そうですよー。それにピノッキモンが納得するとは思えませんねー、アイツは子供ですよー。わがままなんですからー」
「っ、だって、タケルくんが、それに――!」
自然と、栞の視線がヤマトへと向けられる。彼の気持ちが、あの日の兄の気持ちと重なり、痛みとなって栞に襲い掛かる。
焦燥感に襲われる彼は、今はタケルのことしか見えていない。もしタケルに何かあったら、彼はどうなるのだろう。この世界の闇に、病に、その身をゆだねてしまったら。ひとり、欠けてしまったら。
選ばれし子供が八人そろわなければ、この世界はすくえないのに。
(栞が行けば――タケルは戻ってくる?)
ヤマトが呆然と彼女へと注いでいた視線を、地面へ向けたその時。
「ふざけんな!栞をお前らのところのなんかにいかせるかよ!」
吠えるように言い放つ太一に、ヤマトは泣きたくなった。一瞬でも、そうすればタケルは無事でいられる、助けられる、そう思ってしまった自分がいた――そしてその考えは栞に見抜かれていたのだ。だからタケルと引き換えに彼女はついていく道を選ぼうとしたに違いない。
彼女はあの場面を見ていたのだ。だからヤマトの葛藤を知っている。ヤマトが何よりもタケルを思っていることを、知っている。彼女とタケルを天秤にかけて、タケルを優先したことも、すべて。
―――…ヤマト。栞を、よろしくね。
脳裏をかすめた、白いデジモン。泣きそうな表情を崩さず、自分を頼りにしてくれたのに、自分は了承したというのに、自らその役目を放棄したといっても過言ではない。
―――…ああ、約束だぞ。
そしてもう一人。幼い、あの日、遠い記憶。記憶の波に埋もれたその人と交わした指切り。――もうその資格を失ったのだと、そう思った。
でも、タケルには。俺しかいないんだ。栞には、空も太一もいる。でも、タケルには。小さな、弟には。
タケルが。 タケル、が。
ひらり、はらり。一枚ずつ、心を覆い尽くす友情が、はがれていく、そんな気がした。音を立て、築き上げた城が、壊れていく気さえ。
「…っ仕方ない、ならば力づくで連れていくまでです。リトルペッカー!!」
「空も栞も、私が守る!!――ピヨモン進化ァ!バードラモン!!」
その時、紅い不死鳥が舞い上がる。
大切な人と、その仲間を守るために。
「メテオウイング!!!」
強烈な焔の氷柱がキウイモンに突き刺さった。キウイモンの絶叫が、火炎の中で木霊する。あたりには砂塵が沸き起こり、視界が開けた時にはもうキウイモンのデータは塵となって消えていた。
「ありがとう!バードラモン!」
「空ー!」
「ピヨモンッ」
たくましくなった、守ってくれた、ピヨモンをねぎらうように空はその身体を抱きしめる。その横で栞はほっと息をついたのだが――。
「………ッ」
ぞわりと身の毛がよだつほどに、どろどろとした、靄。視線を向けた先にいるヤマトを包み込む世界が、黒く見えた。―彼を包むあれはなんだ。あれほどまでに憎悪を孕んだものを、今まで見たことがない。そしてそれを直ぐに危惧した。あれは誰かを――それは例えばヤマト本人であるし、他の誰かかもしれないが――傷つけるものであると。
「タケル…タケルはどこなんだ…」
だが当の本人はそんな靄の存在など知る由もない。ただ、呆然と、愕然と呟く。
キウイモンは、唯一、弟の居場所を知っているやつだった。だからこそ、仲間を犠牲にすることすら考えてでも、キウイモンの指示に従うほかないと思っていたのに。そのキウイモンは、あっけなく砕け散ってしまった。
俺の。
小さな、弟は。
タケルは―――…?
「タケル…は…」
「っ!ヤマトくん、待って!」
だめだ、きっと彼は、このままでは空を傷つけてしまう。
彼の心の声を無意識に感じ取って、栞は手を伸ばした。その手は彼の服を掴むことができたが、それ以上の力でひっぱられ、引き止めること叶わず、逆に引きずられる形になってしまった。
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