「何かを犠牲にしなければ、何も守れないんです。あなたは、弱いから」


 栞を見上げ、はっきりと告げる。


「自我が壊れることが怖いですか?自身が消えてしまうと感じますか?―いいえ、違いますよ。今の人格こそあなたの殻なんです。作られたものだ。それは、あなたではない」


 耳を、覆い隠す。咄嗟に、しゃがみこむ。聞きたくないことを聞かずにすむ、見たくないものを視ずにすむ、人としての防衛本能だ。


「ちがう、ちがうよ、私は、私、だもん…」
「あなたは守人だ。――あなたが、守人なんです」


 魚を網の中に追い詰めるように、追い込むように、容赦なく言葉を畳みかける。けれどその声色はまるで砂糖菓子のように甘かった。
 じんわりと涙が浮かぶ。隠していた感情が、引っぺがされていくように感じた。


「自身を受け入れなければ、何も見えないんです」


 次の瞬間、冷静を装っていた彼の本音が現れた。


「狩人さんを、助けてください。あなたにしかできないんです」

「俺はあの人に掬われました。白いのが、あなたに救われたように。俺は、あの人に救われたんです、命をもらったんです」

「世界のすべてがあなたに通じるように、俺のすべてはあの人に通じる。このままでは狩人さんの魂は滅んでしまう。――狩人さんを、助けてください」


 懇願に満ちた深緑の瞳。いつか見た、イヴモンの澄み渡る空のような瞳の色によく似ていた。―ああ、そうか。イヴモンに似ているのだ。すべて。彼は。イヴモンと、同じ生命体なのだ。


「守人さん…どうか……狩人さんを…あの人を――」


 今にも泣き出しそうな頬に、手を伸ばして触れてみる。洗い立てのタオルのようにふわりとした肌触りが心地よい。目の前のアムモンは確かにそこにいた。生きている証だから、温かい。


「…うん、………うん…」


 しっかり、決意をもって頷いた。


「おにいちゃんを助けるよ、絶対。…だからもう迷わない。私は、“私”を……受け入れる。もう怖がらないから。…あなたも一緒にきて。一緒に、戦ってくれる?」

「……あなたの、御心のままに、守人さん」


 少女の前でかしづいたウサギは、忠誠を立てる。
 遠い記憶の中で、同じ光景を見た気がした。


16/12/18

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