「――ひとりは、寂しい……」


 ぽつり、と、なんとなく思ったことを、栞は呟いた。


―――…ああ……やっぱり。


―――…独りは、さみしい。


 耳元で雑音が反響する。
 その時、おかしなことに、彼女の周囲からそれ以外の音が一切消えてなくなった。殴り合う太一やヤマトの姿はもちろんのこと、他の仲間の姿も、イヴモンやアムモンの姿さえ消えうせていた。そして、何故か、彼女は湖の中にいた。腰までしっかり浸かっているというのに、濡れている感覚も、寒いという感覚さえなかったので、最初はそこが湖だとは気づかなかった。
 どうしてこんな場所にいるのだ、と考えるよりも先に、真っ直ぐ視界に、大理石のような材質でできている大きな台座が目に入り、心臓が大きく跳ね上がった。


「ここ、は」


 この場所を、彼女は知っている。いや、実際どこだか分からないのだから知っているという言葉は的確ではなかった。どちらかと言えば、知っていなければならない場所、だった。だからか、目の前にある台座から離れたところに鎮座する二本の柱は、実はこの湖の中ではもう二本あって、それは彼女の背後に同じようにそびえたっているのだと分かっていた。そして、その台座の役割も、その奥に置かれた水晶玉が輝く色も、彼女は、知っていなければならなかったのだ。
 思わずその台座に一歩近づこうと足を動かし、そして再び気づいた。――体が金縛りにあっているように、動かすことができなかったのだ。脳から四肢に指令が下っていないようで、指先を動かすことさえかなわなかった。ただまっすぐ、その台座を見つめることしかできなかった。

 その時、背後で水滴が広がる音が聞こえた。もちろん、振り返ることが出来ない彼女は、その音の原因を探ることができなかった。もしも敵だったらこんな無防備な状態の守人などかっこうの的だろう、と思いながらも、その背後にいる存在が恐らく彼女の敵ではないことは分かっていた。だから、段々と近づいてくる水の音にも、強張ることなく、受け入れることができた。

 むしろ、この状況を、その瞬間に理解したからかもしれなかった。

 色のなくした世界の秩序が、そこにあった。そして色を取り戻すために、ここから、はじめたのだ。―そうだ、これは、原点回帰なのだ、と悟った。
 どうして今栞はこの状況にあるのか。どうして、この場所を見ているのか。


「……“ひとりは、寂しい”……、そ、っか…」


 何故、仲間との別離を選んだヤマトを見て、そんな思いを抱いてしまったのか。その想いこそが、栞という存在が生まれた意味だったからだ。


「私は、ここで、生まれなおしたんだ、」


 人知れず、頬を涙が伝った。
 自分のルーツさえ知らない無知な自分のままでは、世界はおろか、仲間さえ救うことができない。守人として生きると決めた今だからこそ、全てを知るときがきたのだった。
 

17/09/30

back next

ALICE+