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“こっちへきて”


 ヒカリが気づいたときには、すぐ傍にいるはずの栞が、どこか遠くにいるように感じた。そう思ったのは、栞から優しいような“声”が、哀しいような“声”が漏れていたからだ。厳密にいえば、栞の口から聞こえていたわけではないので、声と形容するのは少し違う気がするが、ヒカリにはそれが“声”に感じていた。そしてそれをヒカリは栞自身だと判断したのだ。ヒカリにもその理由は分からなかったので、殆ど無意識なのだが。―それは思い起こせば、この森に入ったとき、ヒカリと栞だけに聞こえた“声”によく似ていた気がした。


「栞さん…?」

“こっちだよ”


 そして、その栞がふらりと木々の間をすり抜けてどこかへ行く。正確にいえば栞から洩れる“声”、だ。栞本人は、そこに立っているのだから。
 その“声”はヒカリを呼んでいたので、直ぐにその“声”を追いかけようとして、直ぐに危ないからはぐれるなよ、と自分に言い聞かせる太一の声が浮かんだ。―テイルモンが一緒なら、大丈夫かな、と少し離れた位置にいた彼女に声をかけようとしたが、ウォーグレイモンとメタルガルルモンを見つめるテイルモンに声をかけるのは憚られ、代わりというのもおかしいが、もはや抜け殻であると感じる栞の近くにいたイヴモンへと視線を送る。
 こげ茶の瞳に見つめられ、気配で感じたのか、やがてイヴモンもヒカリへと視線を向けた。首をひねり、どうしたの、と問いかけるような彼に近づいて、木々の隙間を指さす。


「あのね、栞さんが……ううん、栞さんから洩れた“声”が、あっちに行ってしまったの」
「……“コエ”?」
「多分、あれは栞さんなんだと思うの。イヴモン、一緒にきてもらえる?」


 ヒカリの言葉はどこか要領を得ない内容だったが、イヴモンは少しだけ考え込んだあと、「…ソう」と小さくつぶやき、それから近くにいる栞を見て言った。
 彼女は先ほどから微動だにせず、ただ太一とヤマトを見つめ続けていた。


「そうダね。分かッた、僕も着イていクヨ。……しろいの、栞を頼んだよ」
「だからあなたもしろいのでしょーってー。まあいいですよー、守人さんは俺がしっかりお傍でお守りしますー」


 漏れた“声”が栞なのだと思うとヒカリに言われたが、実際栞はここにいた。まさかここに置き去りにその“声”を追うわけにはいかない。嫌々といった様子だったが、ヒカリとイヴモンの会話を聞いていたアムモンに頼めば、彼はのほほんと笑って承諾した。
 もう一度栞を見てから、ヒカリへと向き直る。


「ドッチに行っタの?連れテ行っテ」
“こっちだよ、ヒカリちゃん”
「今、聞こえた。こっちよ」


 導かれるままに木々の間をすり抜け、少しだけ開けた場所に出る。“声”は、淡い光の結晶となって、その場所でヒカリを待ち受けているようだった。その光だけは、イヴモンの目にもはっきりと見えた。その光の正体も、なんとなくだが掴めている。だが、ヒカリのいうような“声”は聞こえてこなかったので、確固たる証拠はどこにもない。
 ヒカリが一歩、光に近づいた。

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