「闇の力から光の力へと転じた俺にとって、闇は弱点になってしまった。彼女を守り切ることもできず、逆にまた“命”を…救われたんだ、“転生”という、彼女の命を削る行為によって――」


 四つの柱に囲まれた台座に横たわっていた少年こそ、“彼”―狩人だったのだろう。そして彼は消えた。少女の手によって。そして少女は湖の中に沈んでいった。つまり、あの行為こそが転生であり、そのことによって守人はあのまま命を落とした、ということなのだろう。


「でも…栞……、いいえ、守人はその時死んでしまったんですか?」


 だとすれば、栞と守人はイコールで結ばれない。
 “彼”は、真っ直ぐ空を見つめた。


「…“先に行って待っていて”、彼女は俺にそういった。それなら彼女は必ず俺のあとを追いかけてくる」
「だから、なんで…!」
「俺も、彼女も、狩人であり、守人である。この世界の秩序だからだ」


 それは、この世界に来て何度も耳にした言葉だった。“秩序”、つまり物事を行う場合の正しい順序や道筋、もう一つは社会や集団が望ましい状態を保つための順序や決まりという意味がある。
 息を飲み込む音が、妙に響き渡った。


「彼女がそういえば、それはこの世界の正しいきまりになる。なら、俺は先にゆき、あの世界―つまり現実世界に居場所を作る必要があった。…そして、ある女性の腹の中に行き着いた」


 その女性は狩人と守人を産み落とし、はじめからそう呼ぶことが当たり前であるというように、彼らは志貴と栞と名付けられた。
 幼い彼にあの頃の記憶はおぼろげでしかなかった。ただ、妹は―栞を“今度こそ”守らなければならないという気持ちが強くあったのは確かだ。志貴の方が先に生まれたことも関係していたのか、それとも約束を果たす使命感の強さゆえか、彼は突然、デジタルワールドを思い出した。それは突然浮上したのだ。自分の役目も、妹の役目も、これからどうするべきかも。


「そして、あの日、闇が再生された。俺は、栞―あいつらに守人を感知させないために一足先に戻って、どうにか今度こそ闇に抗う術を画策し続けたんだが、俺“ヒトツ”の力だけじゃあ間に合わなかった。……結果、あいつらに取り込まれてしまってな。こうしてお前たちに面倒をかけてしまったわけだ。本当に申し訳ない」
「そんな…っお兄さんのせいじゃないです…!!」
「――…ありがとう」
「…あの、お兄さんはどうして栞さんの中に…?」
「…栞、ペンダント、いつもしてただろ?あれはもともと俺が持ってたものだ」
「それ、前に栞が言ってた…」
「その時に、まあ無意識なんだろうが、俺は自分の力を残しておいたんだな。栞がこっちにきてから、すぐに栞の中に入っていったんだと思う。あやふやなんだけどな」


 からり、と笑って“彼”は言う。そしてまた表情を引き締めた。

 
「――今こうして俺がお前らの前に現れ、助言できるのは、一重に――…栞が守人に近づいてきているからだ」
「そ、れは…どういうこと、ですか?#栞さん#はもともと守人なんじゃないんですか?」


 それでなくても子供たちの思考回路は複雑に絡み合っている。戸惑う視線を受け、彼は悲しそうに目を閉じる。その表情は栞そのものだったので、子供たちは何故かドキリとした。


「確かに栞は守人だ。だが正確には、まだ、守人になりきっていない。まだ、人としての殻が残っている。もちろん、それは現実世界での殻だ」
「……それ、は」
「空さん…?」
「お腹、空かなくなったり、眠く、なくなったり…?」
「――ああ」
「瞳の色が、変わって、性格も」
「…うん。その通りだ」
「……ッ」


 俯いた空は、殆ど泣きそうに、胸の前で手を組んだ。


「空、おまえ、知って…」
「タグと紋章を、手に入れたあと、眠れなくなったって…イヴモンから聞いたの。守人化だって、聞かされて…。でもあちらに戻ったときに、ちゃんと眠れたって聞いて、大丈夫だったんだ、って」
「それが…殻…ということ、ですか」

「…守人さんは、自身を受け入れることを決意されたんですよー。一つはあなたたちのため、一つは世界のため、そして最後は狩人さんのために」


 ずっと“彼”の傍らで片時も離れず侍っていたウサギがピクピクと耳を動かし、そう告げた。イヴモンがふわりと浮いて、“彼”の前に降り立つ。アムモンと同じ毛質のが、風になびく。“彼”は手を伸ばし、その身体を撫でた。

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