「…ごめんな。ありがとう。兄として、本当にうれしく思う。…けど、この世界を守るためには、…お前らを帰してやるためには、栞は、人でいちゃダメなんだ。完全に、この世界に還るしかない」


 告げられた言葉の、なんと残酷なことか。空の瞳から、涙が零れ落ちた。それを見やり、“彼”は笑う。妹を思いやる、兄の顔で。そこに立っていたのはもはや栞ではなく、志貴そのものだったのだ。
 その瞬間、“彼”は荒い息を吐いて、地面に膝をついた。志貴が見えていた彼らの目に、再び栞が写り込んだ。そこに立っていたのは栞だった。苦し気な息を吐いているのは、外見上は栞だったので、中にいるのが志貴だということを一瞬忘れ、空は思わず駆け寄ろうと一歩を踏み出した。それを思わず止めたのは、『ヒカリ』が彼女の目の前にいたからだ。
 『ヒカリ』は、気遣うように“彼”に触れた。労わるように、ゆっくりと。アムモンが迷い子のような顔で、その隣にしゃがみこむ。ふわふわの手で、“彼”の手をにぎった。


「狩人さん、これ以上は…。顔色が悪いです…どうか…」
「ほんト無茶シすぎだヨ…」
「あ、ああ……感づか、れた…なっ…っ悪い、も、時間が、ない…っ」


 先ほどまで快活に話していたとは思えないほどの衰弱だった。視線は子供たちへと容赦なく向けられる。


「あと…最後に、ひとつだけ。――それでも、あいつの友達で、仲間でいてやってくれ。あいつは――守人は、寂しがり屋だから…」


 慈しむように細められた瞳から、どれほど兄として栞のことを、そして狩人として守人のことを愛しているのかがうかがえた。
 空は先ほど出した一歩を、今度こそ大きく踏み出した。


「…栞は私の大切な親友です。誰がどう思おうとも、私はあの子の傍を離れたりしません!」
「っ俺達だって、栞は大切な仲間だ!今までも、これからも!」
「僕、栞さんが大好きだよ。優しくて、温かいんだ!」


 ふ、と思う。
 仲間とは。友達とは。
 どれほど闇の力が強かろうが、何にも勝る強い力なのだろう、と。


「――…ありがとう、妹の、大切な、ともだち―――」

  

★ ★ ★





 栞が瞼を開けた時、真っ先に感じたのは得体のしれない喪失感だった。『また』置いていかれたのだと知る。ほろほろと頬を涙が伝っていった。仲間は―彼らは傍にいた。誰に置いていかれたのかは分からない。それでもたまらなく辛い気持ちに陥る。深い奈落の底に落ちていくようだ。
 何も言わず、空は温かい肢体で包み込んでくれた。その暖かさに縋り付いて泣いた。みっともなくも、大声をあげて、子供のように。あの――雪の日と同じように。


「大丈夫よ、栞。きっと、取り戻しましょうね。あなたの、大切な人を」


 そして知るのだ。いいや、知っていたのだ。
 常に心の中にいたあの人の存在が、今はもう何も感じられない。完全に、兄は行ってしまったのだ。


「守人」
「…あなた、は…」
「この世界を、どうか、お守りください」


 『ヒカリ』が微笑む。栞の口が名を呼ぼうと、そして無意識に触れようと手が伸びる。二人の視線がまじりあった瞬間、世界がはじけた――。

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