アーサーは外の倉庫でマグルの製品をいじっている。おそらく、フレッドとジョージはその周りをちょんちょんと飛び跳ねているだろう。パーシーは部屋で読書に勤しんでいるし、ジニーとロンの子守りはチャーリーが引き受けていた。ビルはもう1人の女の子の姿が見えないことに気付き、リビングへとやってきた。
遊び疲れてしまったのか、クレアは随分と深い眠りについていた。最初はモリーの側で本を読んでいたのだが、ソファに座っているうちに、段々と眠りが勝って来たのだろう。読んでいた絵本は、地面に落ちていた。その音に気付いたモリーがクレアを見れば、愛らしい寝顔を見せながら、くーくーと小さな寝息を立てているではないか。自然と、そのふくよかな頬に笑みが浮かんだ。
「ママ、クレアは――」
「しーっ!ここにいますよ」
やってきたのは赤いポニーテールを揺らしたビルだった。彼はモリーの、しーっという態度に目を瞬かせてから、ゆっくりとなぞるように視線を移した。――寝ている。余程疲れていたのだろうか、ビルの声にも起きようとしない。ビルは、モリーと同じように、小さな笑みを浮かべた。
「でも困ったわね。ここで寝たら風邪をひいてしまうわ」
「僕がベッドまで運ぶよ。今日からジニーと同じ部屋でいいんだろ?」
華奢な見た目に反しては力強くクレアの体を持ち上げ、所謂お姫様だっこの形で横抱きにすると、モリーの方を一瞥した。昨夜は、さすがにまだ、ということでモリーやアーサーと一緒の部屋で寝たクレアだったが、遊んでいるうちにジニーとも打ち解けることができた。女の子同士の方が色々と都合がいいだろう。
「ええ。部屋の前に、黄色い布団を用意してありますから、それをクレアにかけてあげてちょうだい。お願いね、ビル」
「了解。っと…危ない、な。あんまり揺らさないようにしなきゃね。眠り姫を起こすわけにはいかないから」
「あらもうこんな時間なの?夕飯の支度しなくちゃ」
一瞬だけ、彼の体はぐらりと揺れたが、ビルはクレアを軽々と持ち上げていた。愛らしい寝顔は、少しだけ苦しげに眉を寄せていた。嫌な夢でも見ているのだろうか。彼女の汗により、ぺったりと頬に付着した銀色の髪の毛を振り払ってやると、少しだけ表情を和らげた。
モリーが魔法で動かしていた編み針をテーブルの上に置いて、パタパタと台所へと姿を消したのを見送り、ビルはゆっくりと階段をあがった。少しの振動でも、クレアの目がぴくりと動くのが何となく面白かった。
部屋に辿りつけば、少しだけ玩具が散乱していた。まったく、と呟いてから、少し大きめのベッドにクレアの体を転がす。小さな部屋なので、二人ベッドを置いてしまえば、他のものなど置くスペースがない。身長の高いビルは、狭い部屋の中で思わずコケそうになった。
こんこん、と控え目なノックが聞こえ、ビルは短く返事をした。
「…ビル」
「ん?…なんだ、パースか。どうした?」
「彼女、寝たんですか?」
「そんな他人行儀な呼び方するなって。…うん、そうだな。疲れたみたいだよ」
「どう、思ってますか」
眼鏡の奥から、真っ直ぐな瞳で射抜かれ、ビルは思わず瞬きを繰り返した。まだ年齢も顔つきも幼いが、厳格さはビルやチャーリーを抜いて、一番だ。思わずビルは顔をくしゃりと和らげ、ベッドの片隅に腰をおろした。ぎし、とスプリングが軋んだ。
「…この子は孤独に怯えている。たぶん、無条件に愛をもらってきた僕たちとは異なった環境に身を置いていたんだろう。だから愛に飢えているし、愛に満ち溢れたこの家に連れて来られて戸惑っている。―たとえ何者か分からなくても、どういった状況下に置かれているのか分からなくても、僕――俺はお前たちを可愛がるように、この子も可愛がるつもりだ」
いつになくそのハンサムな横顔が、真摯な色を付けくわえた。ビルが自分を『俺』と呼ぶのは、いつも誰かを説得しようとする時だけだ。パーシーはそれに気づき、俯いた。ビルはパーシーにウインクを飛ばし、窓から差し込む夕日に照らされ、輝きを放つ銀の髪を撫でつけた。安らかな寝息とともに、彼女の穏やかな表情が心を癒してくれた。
パーシーは、眉間にしわを寄せたまま、クレアを見下ろす。真面目な性格を懐に抱いているパーシーは、受け入れたい心半分、危惧する心半分といった調子なのだろう。真一文に結ばれた唇を見て、ビルは目を細め、笑った。
「冬の休暇が終われば僕とチャーリーはまたホグワーツに戻らなければならない。次に帰ってこれるのは夏だ。そうなったらパース。それまでの間、お前がこの子を守ってやるんだよ」
「けれど、僕は、」
「来年からはお前もホグワーツ。そうしたら今度はフレッドとジョージの番だ。あの二人の見本となれるのは、お前しかいない」
ビルはなるべくベッドを軋ませないように立ち上がると、パーシーの肩に手を置いた。赤毛のポニーテールがさらりと揺れる。やっぱり、兄は、尊敬すべき人物だった。
「…はい」
一回、眠るクレアを一瞥し、パーシーは頷いた。そしてもう一度力強く頷いた。兄は経過を見守るというのだ。兄の行うことに、間違いはない。―もちろん、格好のこと以外は、だが。
「よし。いい子だ、パース。――さあ、外に出ようか。パパの手伝いをしよう」
大して変わらぬ身長差だからか、ビルは朗らかに笑い、パーシーと肩を組んだ。少し照れくさそうなパーシーは、やがて、同じように小さな笑みを零しながら、ジニーの部屋――今日からはジニーとクレアの部屋――をあとにした。