煌びやか過ぎて私では到底、敵いません


七瀬緋莉はどこにでもいる普通の女子である。成績は頑張れば上がるものの、テスト前はどうしてもゲームに手が伸びてしまいやる気が起きない。そのため成績は中の中くらい。何故か分からないがテスト前になるとどうしてもゲームがしたくなるんだよね、と友人にぼやいて叩かれていたらしい。そして。彼女は自他ともに認めるほどのイケメン好きだが、遠くで見つめるに限る、と言っているらしい。クラスメイトにもイケメンはいるらしいが、あまり関わることはない。=イケメンと関わっても支障はない。何より――彼等と血縁関係にあるらしい。なので…まあ50%の確率で、大丈夫だろう。 抜粋、柳ノートより。

「と、いうことなんだけど」

神は、自分に何の恨みが合って、このような事態を示し合せたのだろうか。少ない脳みそで一生懸命考えてみるが、考えは追いつかなかった。最終的には、何故、彼は椅子に座っているのに、自分は地面に座らされているのだろうとか、関係のないことまで、考えてしまうようになってしまった。それくらい、緋莉は焦っていた。

「どうしたんだい、七瀬さん?」

にっこりと笑った麗しい見目に反しては、中々ドス黒いオーラが彼を包み込んでいた。緋莉は相変わらず顔をあげられずして、そのまま―正座の体勢を一瞬足りとて崩さずその場にいた。額から流れる汗は尋常じゃない。おそらく部活をしている時の彼らと同等の発汗量だろう。すさまじい。

「うーん。俺の話、聞いてる?」
「……」

こくりと無造作に頷けば、よかった、と微笑まれる。びくりと肩が揺れた。どうでもいい情報だが、先ほどから微笑まれる度に、ミジンコ並の心臓がぴくぴく動く。もう末期かもしれない。真っ青になりつつある顔色に早く気づいて帰らせて欲しいのです。そんな意味を込めて、一回だけ顔をあげて――すぐに斜め下に視線を逸らした。目の前の彼と目が合ったというよりは、その後ろにたたずむ一人の少年――と言うのには風貌や佇まいは大人顔負けのものだったが――の気迫じみた瞳にやられたからなのだが。
そんな緋莉の様子に気づいたのか、目の前の少年はくるりと顔だけ後ろに向けて、にっこりとほほ笑んだ。笑みを浮かべられた少年は少しだけ息を詰まらせた。

「真田。そんな顔していては、七瀬さんが驚くだろ。ほらスマイルスマイル」
「弦一郎には難しい話だろう。しかし面白いな…。弦一郎、スマイルだ」
「ぶっ」
「…赤也ァ!!たるんどる!!」
「ど、どうして俺だけなんスか!?」

「すみませんね。みんな、良い人なんですよ」

ずり落ちたのか、めがねをくいっとあげて、1人の少年は苦笑した。は、はぁ。と曖昧に笑みを浮かべて、今のうちに帰れるかもしれないとゆっくりと腰を浮かし――その肩にぽん、と手をのせられ、最大限まで目を見開いた。

「話も聞かんうちに退場するのはよくないのう」
「ひっ!」
「んで?こいつが例のあれなのかよぃ?」

顔が、近い!少しだけ熱くなった頬を隠すようにぶんぶんと顔を振れば、くつくつと隣から笑い声が聞こえた。更にガムの噛む音が聞こえて、びくりと顔をそちらへ向ける。ひと際目立つ赤い髪をふわふわと揺らせながら、ゆっくりと視線があった。丸っこい大きな瞳が緋莉を捉え、その口角は人が好さそうな笑みを浮かぶ。もう、泣きたくなってきた。

「え?あ。ああ、うん。そう。…で、七瀬さん」
「え、え?」
「頼みごとなんだけどね。俺達のマネージャーをやってくれないか?」

間髪いれずににっこりと大きな爆弾を落とされた。みっともなく、あんぐりと口を開けてしまった。

「我がテニス部の目標はご存知かな?」
「え?え…、とあの、優勝、とか…?」
「うん。まあ、その通り。全国大会を制覇すること」
「…そう、ですか。え、えと、私と何の、かんけ…ひ!」

今のは決して噛んだとかそういうわけではない。やはり後ろにたたずんでいる少年の眼力に充てられたようだ。

「うん、それで。そろそろマネージャーが欲しいな、なんて。ほら、やっぱり部活をする際にサポートは必要だろ?」
「…そ、そうですか…。い、いいと思いますよ、たくさんっ、やりたい人いると思いますし、が、頑張ってくれるんじゃないですか?そ、れが私と何の関係があるのk…げふ!?」
「え、そうかい?マネージャーやってくれる?さすが七瀬さんだね。蓮二の見込んだ通りだよ」
「―――!?」
「で、テニスの知識はあるのか聞きたいんだけど、どうかな?」
「―――!!」
「うん?」
「…精市。口を押さえていては話もできないと思うぞ」

少しばかり豆のある、しかし男性にしては繊細は手が緋莉の口元を覆う。勢いで鼻さえも押さえつけられて息苦しい。そろそろ虫の息である。見るに見かねた長身の少年が、す、と手を離してくれたおかげで、緋莉は助かった。ハァ、と思い切り息を吸い込んで、自分を殺しかけた目の前の少年から一気に後ずさる。慈しみの欠片もないのだろうか。

「ふふ、ごめんね。苦しかったね」
「ご、後生ですから命だけは…!」
「とらないから安心しろ。とりあえず、先ほどの精市の台詞を繰り返すようだが…テニスの知識はあるのだろうか」

やたらとノートを気にしている―先ほどの命の恩人である少年は、ちらりと緋莉を見た。荒い息を吐きながらも、緋莉は急いで首を横に振る。その際、唾が喉に引っかかり、変な咳がごほりと溢れた。

「ゴホッゴホ!し、知りません、私…テニスとか、ほんと、知らないんd」
「――氷帝学園の忍足って人、知ってる?」
「!!」
「…どうやら知っているようだね」

にっこりと。再度微笑まれた。もはや命の終わりを告げられたようだった。
平凡な人生を謳歌するために、立海に入学した。テニス部が盛んな学校であると聞いた時にはこの学校に入学したことを後悔した。だから地味っ子になろうと決意した。決意するまでもなく、彼女は地味っ子だったのだが。あと、一年半だったのに。

この時に。
すべてが始まった。

同時に。
すべてが終わった。


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