平凡な日々に終結を


「侑士のバカ!!バーカ!!めがね!!」
「関西人にバカはないやろ。せめてアホって言ってや」

2コールのちに電話口で聞こえてくる声は相変わらず腰が砕けそうになるくらい低い。侑士はため息交じりに私の言葉に返答し、「緋莉からの電話は嬉しいねんけど、俺疲れてん」―即座に言い放った。けれど私の怒りだって収まるところを知らない。「お前のせいなんだぞ!寿命が5年ちぢんd」と告げれば、問答無用でぷちりと電話を切られた。あれ。おかしいな。侑士は私には優しかったはずなのに。携帯片手に首をひねって、仕方ない、ととりあえず枕を抱きしめた。
私だって彼らを否定したいわけではないから、イトコ同士、交流だって普通にはしている。ただ、一緒に外を歩くのはしない。時には同い年のイトコ三人で仲良く買い物行ってきなさいよなんて気の利かない母親の台詞に踊らされた二人に連行されて外を歩くものの、物の見事に良い思いをした記憶がない。女の子の黄色い声がきゃっきゃと響く中を二人は慣れているかのように歩く。いや、慣れているのは侑士だけだと思うが、もちろん自分がきゃっきゃされていることに気づいていない謙也は問題外である。正月で実家帰りする時が一番キツい。何せみんな揃う。「侑士は氷帝でレギュラーなんやろ?凄いやん!」「それ言うなら謙也かて」…おかしいな。私の話題だけが出てこない。だって私だけ平平凡凡。万歳。
だから、一緒に歩くのはしたくないけれど、こうして電話したりメールしたりすることはしている。侑士は東京だから、会えないこともないが、謙也は関西地区なので中々会うことはない。しょっちゅう電話がかかってくる。電話代半端ねえ。まあ、学生のうちはお父さんが払ってくれるから(にやり)。

「二人のせいだよ…。ああああもうヤだなああああ…女子全員に睨まれるよ…呼び出しとかくらっちゃう感じだよ…心底めんどくs……。サボっちゃおうかなあ…。でもなあ…。幸村くん怖いよなあ…たった数十分話しただけで寿命が3年は縮んだよ…」
「緋莉何してん。はよ風呂入り」

どうやらこの家にはプライバシー保護法が通用しないらしい。いつの間にか開いていた扉の奥から、変な子を見るような眼で母が見ていた。また私の悶々とした一人事を母は聞いていたのか、「この子の将来が心配や」とでも言いたげな瞳で私を見てくる。やめてくれ、私のせいじゃないんだ。ぎゅう、と抱き枕(去年の誕生日にみっちゃんが手作りでくれた/中々に不細工である)を抱きしめ、お母さんを見上げる。

「…ねえ、お母さん」
「なに?」
「―明日、から、私死ぬかもしれない…」
「はあ?何言うてん。ええからはよ風呂入り」
「なっ、なんでそんなに冷たいの!?娘の一大事だよ!?」
「あんたはいつも一大事やん」

どこまでお父さんに似てん、アンタは。ぼそっと呟かれた言葉が胸に突き刺さる。お父さん――ヘタレなお父さん。お母さんとの婚姻は、お母さんの一方的なアピールに騙され踊らされ、気づいたら結婚していたらしい。ふふ。私はどうやらそんなお父さんを強く受け継いでしまったらしい。だから――断れないし、サボれない。だって仁王くん同じクラスなんだよ。テニスをしているということを覗けば、彼だって十分アイドルに匹敵するくらいのイケメンだと密かに崇めていたのだけれど、この時ばかりは同じクラスにした担任を呪う。…どこの神社の呪いが効くのかな…。ってそんなことじゃなくて。魔王(と書いて幸村くんと読む。もう私には彼が魔王に見えて仕方ない)の差し金で、私を連れ去った仁王くんは、同じことをやらかすつもりだ。もちろん、連れ去ったといっても後ろから通りすがらにボソッと廊下に出んしゃいと言われて、素直な私は頭にハテナを浮かべながら廊下に出た瞬間――がしっと掴まれ、だっと駆けられ、どんっと押されて、気づいたら正座のポーズで魔王の前に座っていました。…泣いても良かったのかな、あれ。
ぴー!!と変な音が抱き枕から聞こえる。ああ、気づかないうちに強く抱きしめていたらしい。ごめん。ごめんよ。みっちゃん特製の抱き枕は、強く抱きしめると変な音がする。そういう妙なチョイスがみっちゃんらしくていいんだけど――ってあああまた話が脱線してる。違う。そういうんじゃなくて。仁王くんがいる限り、逃げきれない。サボれない。って、別に了承したわけじゃないのに、何か話の流れが勝手に私マネになっちゃうみたいなこと言ったみたいになってた。もうダメだ。私の人生おわた。

「…お母さん。明日からちょっと帰り遅くなるかもしれない」
「何かやらかしたん?」

私がやらかしたっていうか、アイツら(めがねと金髪)がやらかしたっていうか。はぁぁぁぁと深いため息をつけば、何だか魂さえ私の口から漏れ出しているようだった。

「侑士と謙也のせいだぁぁ…」
「あんた、いつも侑士と謙也のせいにしとるけど、実際あの二人何もしてへんやろ」
「違うもん!今回は本当だもん!アイツらのせいで私テニス部に…っテニス部にぃぃ…!!」
「何、テニス部入ったん?」
「入ってないよ!けど…けど…!」

わっと溢れだす思いを告げようと立ちあがった時、プルルルル、タイミングよく電話が鳴った。「はいはい」お母さんはまるで何もなかったかのように私の部屋から出て行く。お母さんの肩を掴み掛けた手は、未だ宙を浮いたまま。なにこれいじめ?私今日だけで何回いじめを受ければいいの? 仕方なしにベッドに座り込んで抱き枕を端に寄せる。勉強しろって?いやいや学生遊ぶのが本分なのですよ、だから部活とかほんと嫌なんですけど――「緋莉。電話」先ほど揚々と出て行ったお母さんは受話機片手に再び私の部屋へと舞い戻ってきた。

「電話…?だれ?」
「知らん。――けど中々のイケメンボイスやで」

にやにや、にやにや。お母さんはひたすらニヤニヤ笑う。嫌な予感しかしないのは、とりあえずイケメンボイスという部分があるからだ。イケメンボイス=男。だけど私と交流のある男子といえばいとこである彼等二人しかいない。しかも彼等からかかってくるなら携帯であるし、二人だったらお母さんだってわざわざ廻りくどいこと言わないで「侑士やで」「謙也やで」って言うし。――男子。受話機片手に固まる私に、お母さんは「はよ出や」と頭をぐりぐり抑えてきた。

「もし、もし」

そんなに抑えないでバカになる! もともとバカやから安心しい。

『…もしもし。七瀬さん?』
「あの…どちらさまですか…?」
『俺だよ。幸村』
「!!」

あわわわわわ。あわわわわわわわわわ。鏡にうつる自分の顔がどんどん真っ青になっていくのが分かる。「幸村、く…?」『うん』やばいよやばいよやばいよ!?幸村くん、って…あの幸村くんだよね!?今日の、私の、頭を掴んで高速に縦に振らせたり、口を押さえて反論させなかったあの!?

『フフ。とても慌ててるね』
「あわわわわ…どどどどどうして…!」
『明日のことを連絡する前に七瀬帰ってしまっただろ?』
「え。…だって、私、了承してn」
『俺達は朝練もあるけど―七瀬は初日ということで、放課後からお願いするよ。服装はジャージを着てきて。そのうち俺達と同じやつを発注するから』

話をする隙すら与えてもらえない。少しだけ掠れたハスキーボイスが、耳元をくすぐる。普通に考えればこれ名誉なことなんだよな…。思わず遠い目しちゃうけどファンクラブの女の子がこんな電話もらったら鼻血拭いて倒れて救急車、目覚めたら病院のベッドの上でした、だよな…。

『とりあえず明日は仁王が七瀬を連れてくるって言ってたから』
「え!わ、私一人でも行けま、!」

仁王くんとだなんてとんでもない!私まだ死にたくない!

『逃げるなよ』

立海テニス部はとても強いと聞いている。侑士だって、謙也だって、強いって言ってた。それはおそらく彼等が血のにじむような努力をしているからであって、きっと故意はない。けど。けど。少しだけ恐怖政治を思わせられた。
有無を言わさぬ幸村くんの言葉に、伝わるはずもないのに私はマッハで首を縦に振った。気配で伝わったのか、擦れる音が聞こえたのか、幸村くんは小さく笑う。確かにイケメンボイスだった。

「あ…なんで、電話番号…」
『うちの参謀に知らないことはないよ。七瀬も隙ばかり見せていたら全て曝け出すことになるんじゃないかな』
「え」
『蓮二は凄いから。気を付けなよ』

柳くんって、なんだ。そういえば柳ノートから抜粋されてたな、私の情報。どうやら私の個人情報は家でも学校でも流出中らしい。出所が両方割れているが。うう、と小さく唸ると、幸村くんは、また笑った。

『――俺達は全国へ行く。そして三連覇を掴み取る。俺達は七瀬に優勝旗を送るよ。だから七瀬、俺たちを支えてくれるかい』

やっぱり、幸村くんはずるいよ。七瀬は七瀬だから。そう言われた時と同じように、心臓がどくんっと大きくなった。「うん…」知らないうちに、私の口から肯定の言葉が滑り落ちる。

「…役に立てないかもしれないけど…精一杯、頑張ります」
『その言葉を待っていたよ。これで強制じゃないよね。よかった』
「!?」
『それじゃあ――また明日ね。マネージャーさん』

ぷち、つーつーつー。嵐が過ぎ去っていった。幸村くんは人をあげて、落とすのがとても上手な人だった。これが、立海テニス部を常勝に導く部長の手腕とやらなのかな。切れた受話機を、右手で握りしめる。とりあえず――なるべくバレないように行動しよっと。


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