恋も見果てぬ夢だから




「これ落としたぞ」

 目を合わせることもなく、怯えたように頭をさげ、小さな声でお礼を言ってその場を立ち去った。地味なやつ。もっとはっきり話せよ。どちらかといえば苛立ちの対象になるようなやつ、それが真田栞だった。
 それきり話したこともなかったし、話す必要もなかったから、そのイメージは凝り固まったまま、あの日を迎える。8月1日。
 同じ班に割り当てられたが、要領が悪く、雑用を押し付けられて不安そうに手を動かすのが見え、思わず手を出した。よく分かんないけど危なっかしいやつ、それが栞への第2の印象だった。


「きれい…」

 そういって少しだけ表情を崩した栞は、どこか、遠い記憶の隅にいた1人の女の子とかさなった。


「ヤ、ヤマト、くん…?」
「…ああ。え、と…栞」

 冒険を重ねる毎に栞のイメージはかわっていく。比較的、良い方角へと。人の顔色をうかがうのは何かがトラウマになっている証だと気づいた。俺と同じだと勝手に思って、親近感がわいた。全然違うのに。


「タケルくんは、私が必ず守る――!」

 決定的に栞の印象が変わったのは、だれもが絶望に溺れたデビモンとの戦いだった。大切な弟に手が届かない、守らなければいけないのに、この手が届かない。―タケル!! ひとひら、羽が舞い散る。神々しくも光を帯びた中にいたのは、神か?―いや、ただの、誰よりも臆病な栞だった。けれど真っ直ぐ立つその背に守られるタケルに、デジャブを感じて、すぐさま遠いあの日、別れたあのシーンが巻き戻る。―そういえばあの子も 栞 だった。
 栞に対するこの気持ちは、淡い感情に似ていて、ひどく甘酸っぱい気がした。恐らく昔から、この思いは芽吹いていたのかもしれない。
 花開いたのは何がきっかけだったかよく覚えていなかった。


「栞を否定しないで。どうかあの子のことを嫌いにならないで」

 栞の中に、栞じゃない栞がいた。些細な変化だろう。誰も気づかないまま、違和感だけが残っていた。それに気づいたとき、俺は。


「わたしが、私が全部終わらせるから!!」

 さけびながら、嘆きながら、悔やみながら。それでも彼女は太陽の日差しにつつまれ、背を伸ばす。まるで向日葵だ。どこまでも成長していく様を、ただ見ていることしか俺は出来ないのだろう。


―ヤマトくん。あのね、おにいちゃんがね、きょうはおにごっこしようって。


 彼女は俺の――。
 それでも、見ていることが俺の役割なら、きっちり果たしてみよう。あいつを隣で支えるのは俺じゃない。躓きそうになったら手をかせる、そんな立ち位置で。見守ると決めたんだ。

 栞が笑っていてくれればそれでいいから。

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