「「「「個性把握テストぉ!?」」」」

みんなが声を揃えて叫ぶ。私はびっくりしすぎてぽかんとしてしまった。何かはっとしたのかショートの女の子は思い出したかのように「入学式は?ガイダンスは!?」と狼狽えるように先生に尋ねる。
確かに、今日、入学してきた、よね?

「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよー。雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。お前たちも中学のころからやってるだろ?」

個性使用禁止の体力テスト。
確かに今までの学校生活では個性を使うことを禁止されていた。なのにいきなりここで個性を使ってのテスト。上手に使いこなせるか、心配だ。キャンプで火を出したり、のどが渇いたときに水出したり、携帯の充電がなくなったときに電気使って充電するとか、そんなことでしか使ったことがない私の個性…。なにに役立てることができるんだろう。今のうちに考えておこう。でも種目がわからないぞ。
相澤先生は君、と言って爆豪くんに視線をずらした。

「中学の時ソフトボール投げ、何メートルだった?」
「67m」
「んじゃ、個性を使ってやってみろ。円からでなけりゃ何してもいい。はよ」

素でも67m出してるんだなぁ…すごいな。確か私は…27mとかだった気がするな。爆豪くんは言われた通り、円の中にずんずんと入っていき肩を回す。そして用意されたちょっと歪なボールを見つめている。

それにしても、最初はソフトボール投げか。うーん、どうやって投げようかな。水を気流に乗せて飛ばすことできないかな。それか、炎と水を合わせてジェット噴射……お、それいいな!
ごちゃごちゃ頭の中で考えていたらふと「死ねぇ!!」と爆豪くんの怒号。怒号と共に空高く飛んで行ったボールは砂ぼこりをあげてあっという間に見えなくなってしまった。それにしてもボール投げるときにまで死ねっていうのか君は。
そしてどこか遠くで落ちたであろうボールの記録が出た。…705m。信じられない、東京スカイツリーだって634mだぞ。それよりも長いってどういうことよ。驚きの数字でみんなからざわざわと声が上がる。
中にはおもしろそう!という子もいて、その言葉たちに相澤先生はピクリと反応した。あ、これは。

「面白そう、か…」

あ、やばい、いやな予感がする。

「ヒーローになるための三年間、そんな腹づもりで過ごす気かい?」

今日は夢の中といい、いやな予感がたくさんする。
冷や汗が一筋こめかみあたりを伝う。

「よし、8種目トータル成績最下位のものは見込みなしと判断し、除籍処分としよう」
「「「「……はーーーー!?」」」」

ああ、もういやだ。相澤先生やだ。なんだよ、そのしてやったりみたいな顔。

「最下位除籍って…入学初日ですよ!?いや、初日じゃなくても理不尽すぎる!」

“除籍処分”
その言葉が重く、大きく私にのしかかる。あ、無理、緊張でお腹がきりきりしてきた。
けれどもそれぐらいの覚悟と実力がないといけないんだ……。何としてでも最下位は抜けなければ。ああどうしよう、1日に2つしか使えないから本当に炎と水使っちゃっていいのか……!もっと考えなければ。

「自然災害、大事故、そして身勝手なヴィランたち…いつどこから来るかわからない約際…日本は理不尽にまみれている。そういうピンチを覆していくのがヒーロー。放課後マックで談笑したかったのならおあいにく」

これから三年間、雄英は全力で苦難を与え続ける。

先生の言葉にはっとする。マジ……ですか……。
ちらりと出久くんを見る。口元を引きつらせて冷や汗が噴出している。実は私は出久くんの個性を知らない。でも出久くんならいつか言ってくれるであろう、と思ってあえて聞かないでここまできた。しかし、あんなに焦っているんだ。おそらくまだ個性に慣れてないのじゃないかと不安がよぎる。
断崖のヒーロー、無理はしないで。でも君ならきっと大丈夫だ。知らず知らずのうちに手を力強く握っていた。
私もあまり人のことが言えないから、これからどうするかきちんと考えなければ。

「さらに向こうへ…プルスウルトラさ。」

先生は言いたいことを生徒に告げるとじゃあ好きなのから始めてーと言って、ボール投げが始まってしまった。あんなにいきなりのことだったのにみんなはもう心を切り替えたのか、よっしゃやるぞ!と意気込んでいた。待って待って、みんなメンタル強すぎない!?

やばいやばい、どうしよう。考えれば考えるほど堂々巡りにハマってしまって、次第に焦りだけが出てくる。みんなが着々とボール投げの記録を出している。記録に喜んでいる人もいれば落ち込んでいる人もいる。

「涼村」

けだるげな声が聞こえた。ああ、ついに私の番となってしまった。仕方ない、やるっきゃない。やったれ涼村。
小さく返事をして、重い脚を動かし静かに円の中へと入る。用意してあるボールを拾い上げて、私が知ってるボールはこんなんじゃないよ、と心の中で文句を言う。普通のボールがなぜだか恋しくなってしまった。震える手がそれを物語っている。

「そういえばあの子の個性、見たことないですわ」
「というか、試験の時にも見かけなかったよ」

私の話をしてるであろう話が聞こえてきて、ピクリと反応してしまった。
そう、私は試験の時誰にも見られないように光で自分の姿を消していた。なんでって……か、かっこ悪い姿を見られたくなかったから!!ただそれだけ!!

「あいつ、涼村っていうんだぜ!」
「へえ、友達だったの?」
「ああ!桜餅を一緒に食べた仲!」
「なにそれ」

桜餅という言葉が聞こえた。あ、きっと切島くんがいってるんだろうな。その隣には意味わからないといわんばかりに冷めた顔をした紫色ショートカットの女の子と、不思議な顔をした背の高い女の子が見えた。
切島くんから発せられていた桜餅という単語に忘れていた空腹がよみがえってきた。あ、やばい。おなかすいた。お腹痛くなったりすいたり忙しいね、今日は。

「……(うーん、やっぱり風に乗せてボール運ぶのが一番いいよね。楽だし、おなか減ってるからそんな体力使いたくないし)」

心の中でよし、っと覚悟を決めてボールを投げる態勢に入る。落ち着け、みんな見てるけど彼らはジャガイモだ。そう、ここは学校ではなく、畑だったんだ……!私は畑でボール投げをするんだ!
震える左足を前に出して右足にぐっと力を入れる。あとはボールを持った右手に神経を集中させながら、水色の落ち着いた風を想像する。くっと追い風が吹いてきた。いい感じだ、もうちょっと強く……!強風を想像して追い風をだんだんと強くしていく。いたるところからバサバサという音が聞こえる。

「な、なんか風強くない?」
「だよな……あいつの個性か……?」
「立ってるのも大変ですわ……!」

びゅんびゅんと音がたってきた。そこで一つ大きな気流が私の後ろから迫ってきた。よし、今だ、いける!
右にかけていた重心を左足に移して、持っているボールを思いっきり投げる。指先から離れたボールはうまく気流に乗って、きれいな放物線を描きながら青空に吸い込まれていった。

「……!うまくいった!」
「すげえ、ボールが消えたぞ!」

おおっとみんなから驚きの声が上がる。うまくいったことによって肩の力が抜けて気が緩んだ。よ、400mぐらいはいっちゃうかな。ドキドキ。
待っていると、のそりとした声で私の名前を呼ばれた。

「涼村」

ひえ、っと思い、横を向くと相澤先生。いつまでたっても相澤先生に呼ばれるのは慣れない。記録っと言って携帯の画面を見せてくれた。
…291m…っ!?
思ったよりも全然記録が伸びていなくてびっくりしてしまった。何がいけなかったのだろうと頭にぐるぐると駆け巡る。

「あれー、もうちょっと、伸びるかなぁとか思ったけどなぁ……」
「……お前、気を緩めただろう」
「……あ、」

確かに、風に乗ってうまくいった!と思ったときに、風を想像するのをやめてしまっていた。やらかした……!じゃあ、もうちょっと頑張ってれば伸びていたのか…!うぐぐ…!
そんな私の様子を見て、相澤先生は静かに告げた。

「気を緩めることは、命取りになるぞ」
「……!」

命取り。
今まで生活してきて考えたこともない言葉。

「記録は確かにいい方だ。だかあくまで記録は一瞬。ヒーローになるためには持続する集中力、忍耐を鍛えないとやっていけないぞ」

うぐっと言葉を詰まらせて、だんまりしてしまった。すでに先生は次の子の記録をとるための準備を始めた。

持続する集中力、忍耐かあ。ぼーっとする頭を覚醒させようとしたが、考えることが多すぎて今の私には難しかった。
チクチクするのは私の心か、先生の視線か。

 

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