六本木で貧血を起こしたらかっこいい三つ編みさん――灰谷蘭くんとお友達になれた。
”だりぃ”ことが苦手な半間くんは、私のお守りからちょっと開放されてきっと喜んでくれるだろう。
そう考えながら家に帰ると、玄関の前に半間くんが座っていた。
「半間くん、半間くん」
「あー?ナマエちゃんゴキゲンじゃーん。どーしたあ?」
「あのね、新しいお友達ができたよ」
「……へえ」
あまり喜んでくれなかった。
半間くんは突然「ダリィ」と言ってやる気が無くなったりするので、今ちょうど「ダリィ」の時間なのかもしれない。
「嬉しくなかった?」
「ああ。ダリィ」
やっぱり、あんまり喜んでくれないのは「ダリィ」の時間のせいみたいだ。
しゃがんでいた半間くんがぬっと立ち上がる。半間くんは大きいから、立って見下ろされると半間くんの影に食べられたみたいになった。
「ってかナマエちゃん、今日帰り遅くね?」
「うん。貧血起こしちゃって、途中の駅で降りたの」
「貧血ゥ?オレのこと呼べよなァ」
「いいの?」
「ばはっ!当たり前だろー?」
わしゃわしゃと、半間くんの大きな手が頭を撫でてくる。手のひらの厚さと、指輪の感触がゴツゴツして少し痛い。けれど、半間くんにこうされているとなんだか安心する。
「でー?駅で休んでただけでこんな遅れるかァ?」
「ごめんなさい、半間くん」
頭を撫でていた半間くんの大きな手ががぱりと開いて、ぎゅっと頭を握られた。痛い。
「ダリィなあ。何に対するゴメンだ?」
「あのね、降りた駅が六本木だったの。半間くんとの約束、破っちゃった」
だから、ごめんなさい。
正直にあやまると、ぎりぎりと頭を掴んでいた手がほんの少し緩められた。許してもらえたみたいだと安心していると、今度はガバリと首を掴まれて、クレーンゲームみたいに持ち上げられた。背が高くていつもは見上げている半間くんの顔が、視線と同じ高さにあった。
「悪りい子だなあ。でー?看病してくれたヤツと友達になったワケ?」
「ううん。看病してくれた人は刺青さんで、刺青さんは……」
看病してくれた人は蘭くんじゃなくて刺青さんだ。刺青さんとは友達になっていない。
刺青さんはスパイ映画みたいなお姉さんと武器の見せあいっこをするって言っていたから……。
「刺青さんは、きっと、うぅ……」
「あー?」
「きっと、殺し屋のお姉さんに殺されちゃった……」
「ばはっ。そっかあー、死んだかあ」
「う、うぅ……」
刺青さんの話を冗談だと思っているみたいで、半間くんは楽しそうに笑った。本当なのに。
スパイ映画みたいなお姉さんは本当にいたし、武器の見せあいっこもするってはっきり言ってた。刺青さんは、きっと今頃……。
「本当だよ。刺青さん、武器の見せあいっこしよってスパイのお姉さんとお部屋に入っちゃったの」
「そーだな。仲良く見せあいっこして今頃死んでっかもなあー」
「うわーん!刺青さんが、刺青さんが……」
「言ったろ?怖ァいところなんだよ、六本木は」
「うん……。刺青さん、死んじゃった……。うぅ……」
刺青さんは、きっと武器の見せあいっこをしているうちに、お姉さんの隠し持っていた銃で撃ち殺されてしまったんだ。半間くんの言うとおり、六本木は怖いところだ。
刺青さんは死んでしまったに違いないのに、半間くんは楽しそうにニヤリと唇を吊り上げながら私を元通り地面に下ろした。腰を折って顔を間近に近づけながら、半間くんは楽しそうな顔のまま質問をしてきた。
「で?刺青ヤローが死んだ後、オトモダチはどーやってできたんだア?」
「えっとね、不良の人たちに囲まれてたら、来てくれたの」
すごく目力の強い人や、筋肉のムキムキな人に囲まれてメソメソしていた私を、彼は助けてくれた。
「どんなヤツー?名前はちゃァんと聞いたのか?」
「三つ編みの、綺麗な男の子!あのね、灰谷蘭くんって言うんだよ!」
蘭くんの名前を口にすると、半間くんは珍しく目をまん丸に見開いてびっくりした顔をした。
「ソイツ、自分で灰谷蘭って名乗ってた?」
「うん。皆にも蘭さんって呼ばれてた」
「……ダリィなあ」
蘭くんはすごい。自分より強そうな人や綺麗なお姉さんたちから蘭さんと呼ばれて、ボスみたいだった。
そうだ。蘭くんはきっと……。
「半間くん、半間くん」
「ンー?どーしたー?」
「今気づいたんだけどね、あのね」
耳貸して、と言うと半間くんはしゃがんでくれた。
「蘭くんね、霊能力者なの」
「……。ばはっ」
ちょっと間を開けて、半間くんは吹き出した。ばははは、とお腹を抱えて地面叩き出しそうな勢いで笑い続けている。
「ほんとだよ!蘭くんはたぶん、シューキョーの教祖さまなの!」
「ば、ばはっ!ばはは!宗教の!キョーソ!!」
「ほんとだもん。皆蘭くんのこと、蘭さん、蘭さんって偉い人みたいに呼んでたんだから」
「ばはっ!そうだなァ、偉いから教祖だなー♡」
「本当だもん」
そーだな、と絶対に信じていない返事をして、半間くんはニヤニヤと笑っている。あとで稀咲くんに言いつけてやる。
ちょっとだけムッとしながら玄関の鍵を開けると、半間くんもするりと玄関へ入って来た。今日は久々にうちでダラダラしていたい日なのかもしれない。未だに笑いの残っている半間くんに麦茶を出しながら、蘭くんが霊能力を見せたときのことを思い出した。
彼は本物の霊能力者だ。だって蘭くんは、中学生の中頃から友達がパタリと出来なくなった話をしたらこう言った。
『マ、死神に目ェつけられたらな』
死神。蘭くんはハッキリそう言った。思わず聞き返すと、私と仲良くすると死神に目をつけられるのだと世間話のような軽さで言った。
つまり蘭くんは、死神とかそういう、普通は見えないものが見える人なんだろう。
「蘭くんは本物だもん。死神が見えるんだもん」
「あン?灰谷蘭がそう言ったか?」
「ううん。でも、私といると死神に目をつけられるって」
「ばはっ」
ニイと歯を見せて半間くんが笑う。なんだかとても悪い顔をしている。
「そうだなあ、お前には昔っからタチの悪りィ死神が憑いてるからなァ」
「えっ!」
面白いものを見つけた時の目で私の顔を見ながら半間くんは言った。
「半間くんも、死神見えるの?」
「見えるっつーか、いるのは知ってるカンジ?」
「えっ。今もいる?」
「いる、いる。この部屋の中にいるわ♡」
「ひぃぃ、ど、どこ?」
「ナマエちゃんの目の前」
「ひ、ひいぃぃぃ」
目を瞑って、テーブルの下に隠れる。テーブルの厚い板越しに、半間くんの独特の笑い声が聞こえた。
「半間くん、半間くん」
「どーしたァ?」
「死神、いなくなった?」
「ンー、まだいるなあ」
「う、うぅ……」
「あ、今そっち行ったわ」
「う、うわあぁぁん!」
「ばはっ、騒ぐとヤバいかも♡」
「う……」
ガタリと椅子とテーブルの動く音がして、ずる、ずると何かが床の上を這っている音が近づいてくる。頭と耳を押さえて床に蹲っていると、床の上を動く何かの音は聞こえなくなった。少しだけ耳から手をずらしてみても、音はとくに聞こえなかった。
死神はいなくなったんだろうか。半間くんは、どうなったんだろうか。
「はんまくん……?」
小声で呼んでみても返事がない。もう1回呼んでみようと目を開けて前を見ると、暗がりの中に黄金に光る目が2つ浮かんでいた。
「ひいいいぃぃ!」
ゴンッとテーブルの裏側に頭のてっぺんをぶつけてしまった。でも、痛いけれどそれどころじゃない。
死神だ。蘭くんや半間くんの言った通り、死神が本当にいた。大きな金色の目の、おっかない死神が。さっき、半間くんの返事は無かったから、半間くんはもうやられてしまったんだろう。中学校の友達みたいに、半間くんも死神に目をつけられてしまったんだ。
よくも半間くんを。飽きっぽくてダリぃことが嫌いなのに、根気よく私の友達をしてくれている半間くんを。暴力は良くないけれど、私は力をこめるように目をぎゅっと瞑って、死神に渾身の一撃を振るった。
「うぅ、よくも半間くんを…!半間くんパンチ!」
友情から生まれた必殺技なのに、アニメみたいなビームやドォンという音は出ないで、ぽすん、と小さな音がした。
「ば、ばはっ!」
パンチの相手からは、聞きなれた独特の笑い声がした。
「あ、あれ……?はんまくん?」
「んー?」
「死神は?」
「知らね。ナマエちゃんのパンチでどっか行ったんじゃね?」
「よ、よかったぁ!」
半間くんが無事だったことが嬉しくてぎゅっと抱きしめると、半間くんも抱きしめ返してくれた。
「良かった、半間くんが無事で」
「ばはっ♡俺はヘーキだっていつも言ってンだろー?」
「でも、もう皆いなくなっちゃったから。半間くんまでいなくなったら」
「そうだよなあ、友達がイヤな目に遭うのも、一人ぼっちになるのももうイヤだもんな」
「うん。やだ、もうやだ……。」
帰り道に怪我をしちゃった男の子に、遠くへ引っ越してしまった子。少しずつ私から距離を置いていった友達。中学でのことを思い出してこぼれた涙を、半間くんの長い舌がべろりと舐め取った。
「じゃあ約束守れるよな?」
「うん」
「歌舞伎町からは出ねェ、特に六本木はゼッタイ行かない。……出来るよなー?」
「うん、約束」
「ばはっ!イイ子♡」
背骨が折れそうなほど、半間くんが抱き締める力を強くしてきた。グエッと変な声を出しながら首を縦に振って返事をすると、半間くんがぐりぐりと痛いくらいに頬ずりをしてきて、耳元で囁いた。
「トモダチがケガしたら悲しいよなー?」
「うん、やだ」
「だよなー。じゃあ、ハイ♡」
「……?ええと?」
テーブル下のこの暗がりの中で、見覚えのあるストラップのついた携帯が光っている。それは私の携帯で、連絡先に追加したばかりの灰谷蘭の字が光っていた。
「お前とトモダチだと、ソイツも死神にやられんじゃねーの?」
「でも、蘭くんはたぶん強い霊能力者だし、カリスマだから大丈夫って……」
「そういうヤツってホラー映画で一番ヒデェ死に方したりすンじゃーん♡」
「えっ」
「灰谷蘭に死んでほしーの?」
「やだっ」
「んー、じゃあ、どうする?」
いつの間にか私を後ろから抱きしめ直していた半間くんが、携帯を握り直させる。
せっかく出来た数少ない友達を自分から捨てるなんていやだ。でも、皆が遠巻きにする中でしゃがんで目を合わせてくれて、「友達になる?」と優しく言ってくれた蘭くんが私のせいでケガをするのはもっとイヤだ。
ゴミ箱のアイコンを押して、「連絡先から削除します」の確認画面でOKを押す。涙目になる私を、やけに機嫌のいい半間くんがばはっと笑って抱きしめていた。
YA'ABURNEE