付き添ってくれたい組の2人と別れて医務室へ入ると、「それ」はいた。

「パ、パクリ商品⋯⋯!」

委員長の伊作先輩が紹介してくれた1年生、伏木蔵くんが大切そうに持っているそれを指差すと、彼は不思議そうに首を傾げた。

「ナマエさん、こなもんさんギニョールがどうかしたんですか?」
「それ、私のハポちゃんのパクリ!ほら見て!」

今日1日ですっかりボロボロになってしまったハポちゃんを伏木蔵くんに見せると、青白い頬にほんのり血色が差した。

「わあ!スーリールーーー!顔から手と足が出てる!!」
「えへへ」
「伏木蔵は褒めてないと思うけど⋯⋯」

薬の調合を終えた伊作先輩がぽそっと何かを呟いているのを無視して、伏木蔵くんとぬいぐるみを交換する。

「これが噂の、タソガレドキ領のくみがしらギニョール⋯⋯!」
「ナマエさん、このギニョールのこと知ってるんですか?」
「うん。くみがしらギニョール、タソガレドキ領で若い人を中心に人気なんだって。ハポちゃんのパクリ商品なのに⋯⋯!」
「パクリ⋯⋯?どう見ても別物だと思うけど⋯⋯」

またまた伊作先輩が薬を筒に入れながらぽそりと呟いた。
確かに見た目は全然違う。でも、出た時期が問題なのだ。

「くみがしらギニョールが出てきたの、ハポちゃん人形の一ヶ月後だったもん⋯⋯!絶対にハポちゃん見てパクられました!」
「困るねえ。うちの物にイチャモンかな?」

天井から聞き覚えのある低い声がして見上げると、にゅっと包帯を巻いた顔が見下ろしていた。

「タソガレドキ領のちょっとこなもんさん!」
「違うよ伏木蔵くん、ざっとこ昆奈門さんだよ」
「こが多い。雑渡昆奈門だ」
「へけっ」

くみがしらギニョールでとっとこなハムスターのポーズをすると、雑渡さんの目が伏木蔵くんの持っているハポちゃんの方へ移った。

「前はヒト形じゃなかった?なんで顔から手足が生えてるの、これ?」
「ギクッ!これはハポちゃんがバレーボールの妖精的なアレだからで、別に胴体縫うのが難しかったりめんどくさかったりしたから仕様変更したわけじゃないですー!タソガレドキ人形の方がちょっとかなり縫製上手だからって威張んないでくださーい!」
「威張ってないけど」

ギニョールでがうがう威嚇しながら言い返すと、雑渡さんは興奮した牛をどうどうと宥めるみたいに両手を出した。
私は牛じゃないけど、そうされて冷静になっていくうちに、気になることに気づいてしまった。

「雑渡さん?なんで最初がヒト形だったって知ってるんですか?」
「あ」
「あ、じゃないですよ!やっぱパクったんじゃないですか!後出しでハポちゃんより売れたからって調子乗んないでください」
「調子になんか乗ってないよ。確かにすごく売れたみたいだけど」

ギニョールでウガーッと威嚇すると、またしても手を出して宥められた。
そりゃフォルムのデザインも縫製も完璧で本人も大人の男って感じでカッコいいけどさ。

「はっぽ⋯⋯ハポちゃんだってカッコかわいいのに。ね、コナ太郎」
「この前もだけど、太郎はどっから湧いて出たの」
「くしくし。それはハムちゃんずだけの内緒なのだ」

コナ太郎人形で毛繕いのポーズをしながら答えると、コナ太郎⋯⋯もとい雑渡さんは何とも言えない顔で自分の人形を見下ろした。とても不服そうな目である。

「雑渡さん、ナマエちゃんと知り合いなんですか?」

きょとりとした目の伊作先輩の一声に、ハッとしながら雑渡さんと目を合わせる。

私たちが初めて知り合ったのは、尊奈門がドクタケ城に出入りしていてたまたま私の部屋に入り込み、忍術学園に転入した私を不思議がって尊奈門と雑渡さんが様子見していたのがきっかけだ。
私はドクタケ領主の娘だと知られたくない。
雑渡さんたちもきっと、くのたま長屋に侵入していたことはあらぬ疑いを避けるために知られたくないはず。
視線を合わせた私たちは、一瞬でお互いの利害が通じ合った。

「ちょっとね。この子、尊奈門と偶然知り合う機会があって」
「そうそう。ワンマンライブ大成功、的な?」
「へえ〜」

伊作先輩が小平太先輩みたいな野生の勘タイプじゃなくて良かった。「世間は狭いですねえ」なんて言いながら調合の終わった薬品を手際良く片付けている。
一難去ってひと安心、とほっと息をついていると、右ななめ下から無視できないキラキラした視線を感じた。

「タコヤキドキ城の組頭と転校生の先輩が知り合い?ス、ス、スーーリーールーーー⋯⋯」

伏木蔵くんがキラッキラに目を輝かせている。
一体どんなスリルを想像してるんだろう。恋バナ大好き女子高生みたいな顔になってるけど。

「スリルじゃないよ、普通だよー?伏木蔵くんも伊作先輩もコナ太郎さんと仲良くしてるでしょ?それと同じ」

うんうんと頷いている雑渡さんの手元がサッと動いたのが見えて、ギニョールでパクッと噛みつく。

「雑渡さん?何普通にお薬持ってこうとしてるんです?」
「!」

伊作先輩が調合していた出来立ての薬筒の一つを鮮やかな手つきでくすねようとしていた雑渡さんは、どうやら完全犯罪ができる気満々だったようで、ひどくびっくりした顔をした。

「⋯⋯よく気づいたね」
「当然ですよ。毎日が暗さ⋯⋯」

毎日が暗殺と隣り合わせだったから、薬のそばで意図的に死角を作っているプロの忍者がいたら当然警戒する。と言いかけて、足元で「あんさ⋯⋯?」と言葉の続きを待っている伏木蔵くんの顔が目に入った。
暗殺なんて口にしたら6年生の伊作先輩はもちろん、このスリルへのアンテナがやたら高い伏木蔵くんにも家のことがバレてしまうだろう。

「毎日がアンサー!いろんなことの答えを探す必要がありますからね!『僕はプライベートアイ⋯⋯探偵ですから』みたいな!?」
「ぷら⋯⋯?なんか分からないけど、スリルぅー」

伏木蔵くんがスリル大好きっ子でよかった。探偵のスリル感でこの場はごまかせそうである。

「ナマエちゃん、本当によく気づいたね。恥ずかしい話、僕はいつも気づけなくて⋯⋯」
「えへへ。ジオウって高いですし、守れて良かったですね!」
「え⋯⋯」
「えっ?」

何!?私何かまずいこと言った?
恥ずかしそうにぽりぽりと頰をかいていた伊作先輩の表情が固くなって、ギョッとしながら自分の発言を振り返る。

『ジオウは高いから守れて良かった』

変なことなんて言ってない。伊作先輩が薬に入れていたジオウは植えれば生えるけど、湿気の多い日本の気候で栽培するのにはあまり向いていない。しかも収穫して薬の素材にするまでに紹興酒をかけて蒸したり、めちゃくちゃ工程がめんどくさい。
大量に栽培して一度に大量生産すれば採算が取れそうだけど、ジオウは年一のおめでたい行事で帝が飲むというトラップがある。いきなり大量生産なんかしたら、皇室ブランドで商売してる人たちから確実に恨まれてしまう。
というわけで、ジオウはその道の人から高く買うしかないのだ。高いと嘆く八方斎の力になりたくて本気で大量生産しようとして、途中でバレて止められた私には分かる。あの時の八方斎、すごかったもんね。「姫様、帝が絡むやつはダメです」って、目がマジだった。
なのになんで伊作先輩はこの反応なんだ。雑渡さんもちょっと微妙な顔してる。もしかして、ドクタケ以外では雑草みたいによく採れる植物なんだろうか。

「ナマエちゃん、どうして僕が入れてたのがジオウだって分かったの?」
「?どうして、って⋯⋯。伊作先輩がすり潰し始めるところからお手伝いしましたし⋯⋯」

すり鉢の中に他の薬草と一緒に入れられた、紹興酒で蒸した匂いの残る植物の根っこ。八方斎に初めてマジトーンで怒られた物だから見ればジオウだとすぐに分かる。
⋯⋯あ。

「わあ、ナマエさんすごいですねー。僕はあの根っこの名前、知りませんでしたー」
「あ、あはは……」

どうしよう、そういうことか。やらかした。
ジオウが高いという認識が間違っているんじゃない。ジオウが高いと知ってること自体がまずかったんだ。
伏木蔵くんみたいに知らない人が見ても「よく分からない木の根っこ」だし、伊作先輩が「高価なはずのジオウをお前は一体どこで目にして知ったんだ?」と疑問に思うのは当然だ。
ほんとやらかした。私のバカ⋯⋯。

「え、えっとぉ〜、」

他のくのたまが持ってるのを見たって嘘をつくのはボロが出そうだし、ある程度真実を話すしか⋯⋯。

「お世話になってる人が高いって悩んでたから育てようとしたら、失敗したことがあって⋯⋯」
「ああ、そういうことか!難しいよね。僕も育てようとしたけど植えた側からダメになっちゃって⋯⋯」

⋯⋯おかしいな。確かに効率面を考えると育てるのが難しいけど、ジオウは植えれば相当枯れた土地でも生えるはずだ。伊作先輩はよっぽど向いてない土地を選んでしまったんだろうか。

「あれ植えてすぐダメになるとかあるんですね」
「植え終わった瞬間どこからか焙烙火矢が飛んできて」
「ええ?」
「それはなんとかなったんだけど、次の日見に行ったら猪に食い荒らされてたんだよね」
「ええ⋯⋯」

何をどうしたらそんなピンポイントで狙ったような不幸が起きるんだ。

「滝夜叉丸先輩が言ってた不幸って、もしかしてそういうこと⋯⋯?」
「先輩、毎日ウンコ踏んでますもんねー」
「毎日ではないよ!外に出ない日だってある!」

つまり伊作先輩は、外に出ると必ずうんちを踏んでいる⋯⋯?
すごい確率だ。うんちの方から意思を持って先輩に寄ってきているとしか思えない。

保健委員会。滝夜叉丸先輩曰く、不運な生徒ばかり選ばれる委員会。私は自分自身が不運だなんて思ったことはない。けれど⋯⋯。

「⋯⋯伊作先輩。今から委員会変えたいって言ったら変えてもらったりとか、できますかね⋯⋯?」
「ごめんごめん!不安にさせちゃったよね。大丈夫、ウンコを踏んじゃうのは僕だけで⋯⋯あ、乱太郎もよく踏むかな」
「うんちはどうでも良くって!⋯⋯その、保健委員会は不運な子がなるって聞きました。私、自分が不運なんて全然思ったことないですけど、自分の受けるべきだった不運がいつか他の人に向かうんだったら、それは嫌です⋯⋯」

母は私を産んですぐに亡くなり、父上が落馬したあの日は私の10歳の誕生日だった。
たまに思うことがある。
転生者の私は、本来ならこの世界には存在しないはずだった。異物としての私が生き続けていることで、いつか代償を――犠牲を払うことになる日が来るんじゃないだろうか。
不運という形で私自身に向かってくるなら問題ない。
でも、亡くなった母上や落馬した父上みたいに、一番身近にいた八方斎の方へ運命の矛先が向かってしまったら——?

「あのさ、ナマエちゃん」

いつの間にか目の前にしゃがんでいた伊作先輩の、澄んだ鳶色の瞳と目が合った。
隠し事だらけの自分が綺麗な瞳に映っているのが恥ずかしくて目を逸らして俯いてしまいたいのに、伊作先輩は逃げる隙間なんて見つけられないほどに真っ直ぐだった。

「自分が受けるべき不運なんてないよ。だから、ナマエちゃんの周りでつらいことが起きても、それはナマエちゃんのせいじゃない」
「伊作先輩⋯⋯」
「たとえば僕が明日ウンコを2個踏んだとしても、それは僕の不運が2倍多く発動してるんだよ。ウンコを多く踏んだとしても、それは君が僕に踏ませたんじゃない。僕が僕の運で踏んだウンコだ!」
「伊作先輩⋯⋯?」

なんか途中まですごくいいこと言ってた気がするのに、うんちの登場率が高すぎて内容が頭に入ってこない。今なんの話をしていたんだっけ?うんち?

「何をするにしても、気の持ちようが大事ということだ」
「そう!それです!さすが雑渡さん!」
「気の持ちよう⋯⋯」

なんとなく分かるような、分からないような⋯⋯?
いままでの話で例えるとつまり⋯⋯。

「分かりました!伊作先輩がうんちを毎日のように踏んでしまうのも、不運ではなくうんちの神様に愛されているんだと思えばいいってことですね!」
「なるほど!」

現代でも映画に大根の神様が出てきたんだから、伊作先輩に加護を与えているうんちの神様もきっといるんだろう。

「堆肥とか、うんちもいろいろ使い道ありますもんね!」
「へえ〜。ウンコって、堆肥以外にも何かになるんですかぁ?」
「⋯⋯!や、言い過ぎたかも。堆肥にしかなんないよね〜」

危ない。また余計なことを言うところだった。
うんちからは火薬が作れる。
Dr.ST〇NEの真似をして鶏糞とかでやってみたら本当に火薬の原料ができて、八方斎ビックリしてたもんね。
こんなの絶対に言えない。武器の原料を自家生産出来る技術がありますなんて言ったらめちゃくちゃ危険視されるに決まって⋯⋯。

「えー、ほんとは何か凄いもの作れるんじゃないのー?」

私、今度はまだボロ出してないのに。
約1名にものすごく、ものすごーーく疑いの目で見られてる。

「な、何かってなんですかねー?」
「んー、火薬とか?」
「!!」

怖い怖い怖い。なんで分かるの?雑渡さんもDr.ST○NE読んでた転生者?
いや違うな。この探りの入れ方、雑渡さんのタソガレドキ領も似たようなやり方でうんちから火薬原料作ってるな?

「やだなあ雑渡さん。ウンコで火薬ができたら大変ですよ」
「例えばの話だよ、保健委員長くん」
「ウンコで火薬かあ。スリルーー!!」

2人ともすごいや。
雑渡さんから私へ明らかな尋問オーラが出てるのに、全然気づかないで普通に普通の会話してる。
私は火薬ってキーワードで雑渡さんと目が合う度に汗がダバダバなのに。

「どうせなら火薬なんて物騒なものじゃなくて、薬が取れたらいいなあ」
「ウンコの薬⋯⋯。ス、スリルー⋯⋯」
「例えばの話だよ、伏木蔵」

どんな薬を想像してるのか、少し引き気味に「スリルー⋯⋯」と呟いた伏木蔵くんへ、伊作先輩が苦笑いを浮かべた。
これだ。火薬も薬も全部引っくるめて、全部例え話ということで話を終わらせよう。

「そうですよね!全部例えばの話!こんなこといいな〜でっきたらいいな〜」
「そうそう。火薬の話も、全部例えばだよ、ねえ?」

せっかく例え話というオチで歌ってごまかそうとしたのに、雑渡さんの「ねえ」の圧が強い。もう確実にドクタケ領内で火薬作ってるの分かっててカマかけてるでしょ。

「そ、そうですね〜。時代は愛と正義!火薬を作るなんてそんな物騒なこと、ドクタ⋯⋯」

そこまで言いかけて、飲み込む。伊作先輩と伏木蔵くんは「ドク?」「タ?」と首を捻っていて、雑渡さんはマスクの下でちょっぴりニヤついている。
危ない。領主の娘っていうのは勿論、ドクタケ領出身っていうのも皆には内緒なのに、口が滑って言ってしまうところだった。

「ドクタ、ドクター!!そう!火薬なんてそんな物騒なこと、医療の心を持ってたらしませんよね!!保健委員会、ドクターチームはそんなことしませんよ!時代は愛と平和!ラブアンドピース!さあ歌いましょう!」
「いいね、歌。包帯の歌でも歌おうか」

あああ神様!伊作先輩が神様に見える!
こんな雑な誤魔化し方に乗っかって話題を変えてくれてありがとう。
……ところで包帯の歌って何?

「包帯はー、しっかり巻ーいてもきつすぎずー。素早くきーれいに、ゆるまぬーよーうにー」

伊作先輩歌うまいな。ハポちゃん持って歌ってる伏木蔵くん、かわいさ無限大。そして歌い出した私たちを前に雑渡さんがちょっと困惑している。
どうしよう。いいこと思いついちゃった。

「包帯はー、しっかり巻いてもきーつすぎずー!ほら!みんな一緒に!」

ライブ会場で客席へマイクを向けるアーティストみたいに雑渡さんの方へ「さあ一緒に!」の手を向けると、彼は思いっきり眉を下げて困惑を露わにした。
あの軍隊レベルの大規模組織、タソガレドキ忍軍の忍組頭がこんな童謡丸出しのほのぼのハッピーな歌を忍たまと一緒に歌ったりしたらイメージ崩れちゃうもんね。
タソガレドキの弱さはそこだ。カッコ良さで統率を取って、一人一人が死地へ向かう覚悟を決めているからゆるふわラブアンドピースな歌をちびっこと一緒に歌おうなんてしにくいよね。
八方斎?八方斎はメリットがあるならやるよ。羞恥心とか捨てるし、なんなら振り付けだってつけてニッコニコのノリノリでやってくれるもんね。
雑渡さんの深まっていく困り顔を肴に、心の八方斎とノリノリで包帯の歌を歌う。たぶん今の私は姫がしちゃいけない煽り顔になっているけれど、形勢逆転が気持ち良すぎるから仕方ないよね。

やーいやーい。こうやってドクタケと忍術学園が手を組めばラブ&ピースとカワイイで世界征服できちゃうもんねー。パクれるもんならパクってみろー!

「まったく。困ったお姫様だ」

ふうと一つため息をついた雑渡さんがスッと立ち上がる。これは退散の雰囲気だ。
やったね、私の勝ち。八方斎に後でお手紙書いて褒めてもらおうっと。

「今日はこれくらいにしておくよ。けど、」

立ち上がった雑渡さんが目の前からシュッと消えたかと思うといつの間にか隣にいて、あることを耳元で囁いた。

「!」
「じゃあね」

超スピードで天井に移動した雑渡さんは首だけ出してそう言うと、サッといなくなってしまった。

「ナマエさん、こなもんさんはなんて?」
「うーん、負け惜しみ?」
「ああっ!」

伏木蔵くんからの質問に答えていると、伊作先輩が風呂敷の上を見ながら声をあげた。2つあったはずの薬筒が1つだけになっている。
やられた。

「さっき言われたの、そういうことだったのか⋯⋯」
「そう言えばナマエちゃんの耳元で何か言ってたね。何だったの?」

てっきり火薬の言質を取りきれなくて歌で誤魔化された負け惜しみだと思っていたのに、ゆかいな歌を歌っているうちに薬を取られていたなんて。

『もうちょっと頑張りましょう』

低く囁かれた言葉をくみがしらギニョールで真似しながら喋る。喋りながら悔しくなって、伏木蔵くんごとハポちゃんを抱きしめて悔しい悔しいと連呼していると、「元気出してください〜」と伏木蔵くんが頭をヨシヨシしてくれた。
さすがに1年生に宥められるの恥ずかしかったので、その後はゴリゴリに薬の調合をした。「スーリールー」と呟く声が聞こえたので、年上の威厳は取り戻せたと思う。
トイレ休憩へ行って戻って来た伊作先輩はタヌキのウンコを踏んでしまったとメソついていたので、やっぱりうんちの神様に愛されているんだと思う。


※※※
(中略)
ということがあったので、タソガレドキの保持している火薬量の想定は2割増加で修正した方が良いと思います。迷惑かけてごめんなさい。

敬具
※※※

「迷惑など!!お元気で何よりでございますーーー!」

訓練の休憩中、頭領・稗田八方斎が遣いから受け取った手紙を読みながら紙に向かって叫び始めた。事情を知っている右腕・風鬼は口元を緩ませながら手紙を横目で見て——固まった。

「暗号⋯⋯!」

遣いの持っていた手紙とは別の、小さく小さく折り畳まれた紙。遣いから受け取ったのは、手紙と個性的な感性で作られたぬいぐるみだったが、この紙はぬいぐるみの縫い目の中に忍ばせてあったのだろう。
つくづく賢い姫君だ、と舌を巻かざるを得ない。
先ほどまで読んでいた方の、ぬいぐるみがボロボロになったので新しいものを送って欲しいという手紙すら、「戦輪の使い手で平家の末裔・穴掘りの得意な者・バレーボールの出来る武家の男児」と、忍術学園の生徒の情報をさり気なく伝え、人形に物資(おそらく姫様お気に入りの、蜂蜜キャンディー)を入れて送ってほしいとの指示が書かれた抜け目のないものなのに、さらにぬいぐるみに暗号文書を忍ばせて送るとは。
しかも暗号の読み方がさっぱり分からない。ひらがなと簡単な漢字でしか書かれていないのに、全く文章として読めない。

「さすがお頭⋯⋯!この難解な暗号を読み取れるとは!」
「ガァーッハッハ!その通り!この対応表がなくても読める素晴らしい暗号、お考えになった方の才能しか感じないわ!ワハハ、ワッハッハッ!」

子煩悩な親のようなことを言い始めた頭領の頭が後ろへ、後ろへと傾いて行くのを見ながらそろそろ倒れる頃かといつもの位置へ手をセットしていると、案の定重心の崩れた頭が倒れて来たので支える。

「良いか風鬼よ。これはぎゃる文字という」
「ぎゃる⋯⋯文字?」

聞いたことのない言葉に息を呑む。今から解読方法を伝授して貰えるのだと屈んで頭を寄せると、頭領は手紙の左上の文字を指した。

「ぎゃる文字は大抵は隣り合った字をくっつけると1字のひらがなになる。そしてぎゃる文字の文は右上から縦にではなく左上から横に読む」
「なるほど⋯⋯」

読み方を聞くと確かに読める。読めるが、とても読みにくい。一字を解読するだけで時間がかかり、読み取りにくさについ目を細めてしまう。

「は、ぽ、は、ぽ、げ、ん、き?」
「そうだ。一文目はハポハポ元気〜?と書いてある」

うんうんと頷くお頭にズッこける。なんだその楽しそうな文面は。
頭領と右腕の特権、皆から見えないところでこっそり飲むお茶を未だ手紙を見ている頭領へ差し出す。

「平和なところでお元気にやっているんですねえ」
「いや、タソガレドキでも大便から火薬を作っているから見込みを増やしておけと書いてある」
「ブフォ!」

優雅に一息⋯⋯と飲むはずだったお茶を吹き出す。何がどうしてハポハポ元気〜?からそんなシリアスな話になったんだ。
それに、火薬の原料——硝石の作り方はお頭と姫様が編み出した技術であり、その門外不出の技術がドクタケの武力や経済力を底上げしている秘密である⋯⋯はずだった。忍村のあるタソガレドキで同じように火薬作りをされているのであれば、秘密裏に作っているドクタケの火薬の総量はタソガレドキに劣——。

「そんな顔をするな、風鬼」

手紙を畳んで懐にしまったお頭が余裕たっぷりに口角を吊り上げる。

「ドクタケの武器は火薬だけではない。それに、大事なのは火薬や武器よりも使い手だ。そうだろう、風鬼?」
「はい、お頭!」

ドクタケ忍者は他領の忍者よりも中年のおっさんが多い。侍の踏み台や捨て駒となって任務中に死ぬことがないからだ。ここでは人生に疲れを感じ始めた中年でも、人として扱われる。何より——。

「自分、ここで働いてて良かったです。なんだか、楽しくて」

楽しいのだ、ドクタケ忍者隊での生活が。
忍者はキラキラとは無縁の日陰者の地味な仕事で、命の危険とも隣り合わせの恐ろしい仕事だ。
しかしここではそうではない。姫様とお頭が蜂を育てるとか言い始めて巣箱に入れるための蜂を取りに行かされて大量の蜂に刺されたり、質の良い火薬を効率的に生成するとか言い始めて爆発騒ぎに巻き込まれたり、⋯⋯。
思い返すと無茶振りに付き合わされて大変な目に巻き込まれてることが思ったより多い⋯⋯けれど、とにかく楽しいのだ。

「これからもっと楽しくなるぞ、風鬼!姫様がいるからな。時代はラブあんどピースだ」

お頭、またよく分からない横文字を使っている。けれど、この方と姫様が言うならそうなのだろう。
らぶあんどぴぃすで、ドクタケはもっともっと楽しくなっていくのだ。



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