「雑渡さん、手の甲に何か塗ってます?」

保健委員長・善法寺伊作が丸い瞳で己の両手の甲を見つめるのを、雑渡は観察するように眺めた。

「化粧品だって。保健委員長くんは何が入ってるか分かる?」
「うーん。ほのかに甘い匂いがしますね。何だろうなあ。獣油ではなさそうだけど⋯⋯」

膝の上へやって来た伏木蔵が指を握りながらくんくんと手の甲を嗅ぐのを許しながら、雑渡は腕を組んだ。
善法寺伊作の後ろにある薬箱の棚。こう何度も来ていると薬箱のいくつかが開くのを目にする機会もあるが、明からでないと入手できない貴重な生薬もあり、彼の扱う薬の知識は並の学生の域を超えている。
その彼でも思い当たらないとは――。

「タソガレドキのお医者さんはすごいですね、こんな珍しい薬を調合できるなんて」
「お医者さんねえ⋯⋯」
「違うんですか?」
「違うね」

医者ではない。顔の火傷を怖がらないから「何かないのか」と聞いてみたら、珍しい薬を醤油のお裾分けのように安々と渡してくる娘だ。医術や薬に詳しければ、渡す前に躊躇っただろう。
しかし彼女が躊躇いを見せたのは薬を渡し、塗り方まで実演つきでご丁寧に説明してからだった。それまでは「薬草は入れないで作ったから」と薬の内容物や調合方法も知った口ぶりだったのに、「詳しいね」と訝しんで聞いた途端に「八方斎が全部知ってる。私知らない」と下手すぎる嘘をつき始めた彼女。薬の価値は分からないくせに、その作り方の情報は「知らない」と嘘をついてでも隠すべきだと理解している。
真に隠すべきことが何なのか、あれでいて彼女は正しく理解している。
そして観察すべきことについても、彼女はよく目端を利かせている。

『タソガレドキ忍者はくノたま長屋に忍び込む変態って学園中に噂撒かれたくなかったら大人しく出てってください!!』

彼女のあの言葉。タソガレドキの忍者だなんて名乗っていないのにそうと判断したナマエの脅し文句は、考え得る限りで最高に最悪だ。今までコツコツと築いてきた忍術学園との信頼関係を一瞬で無に帰すことができる。色とすら呼べない、手に触れる程度の触れ合いで年頃の少女らしく赤くなって見せるのに、あの明らかに混乱しきった顔で敵にとって最悪の脅しを瞬時に思いつく。なんと末恐ろしい女子だろう。

「立派な忍のタマゴだよ」
「雑渡さんがそこまで言うなんて、きっとすごい人なんですね」
「まあ、忍というより生粋の――」

そこまで言いかけて呑み込む。彼女ほどの人を惹きつけて止まない才能があれば、近いうちこの保健委員長の目にも自然と止まるだろう。

「生粋の――なんです?」
「いずれ分かる。じゃ、薬は貰っていくよ」
「ああっ、またそんなところから!」

窓から出た背中へ、保健委員長の呆れたような声が投げかけられる。
皆に知れるまでの束の間、生粋のお姫様の魅力を知っているのは自分だけだと浸っていても良いだろう。

未だにしとりと潤いを保った甘い香りのする己の手の甲を眺めながら、雑渡昆奈門はいつにもなく愉快そうな笑みを浮かべて領への帰路を駆け抜けて行った。



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