「先輩、本当に大丈夫ですよ」
「いいや!何度も言うようだが、君は保健委員の不運さをまるで分かっていない」
「だから私にはハポちゃんがいるから——、あっ」
見せようとしたハポちゃんが手からスポンとすり抜けて、天高くポーンと浮かんだ。
「いいトスだ!」
どこからかそんな声がして、ハヤブサのように迫ってきた影が私たちを覆う。
「いけいけドンドーン!!!」
「ハポちゃんーーーーー!!!」
バシンッとバレーのアタックのように叩かれてハポちゃんの顔面がすごいことになり、そのままヒューンと庭の端の方へ真っ直ぐ飛んでいく。
そして地面にポトリと落ちたはずのハポちゃんは、どうしてか見えなくなった。
「ハポちゃんの顔圧が⋯⋯消えた?」
「気をつけろナマエ。あの辺りにはきっと——」
「うわーん!ハポちゃーーーん!!!」
「待て!説明しようとしてる側から走るな!そっちには十中八九——」
滝夜叉丸先輩がなんか言ってるけれど、今はとにかくハポちゃんだ。
ハポちゃんを助けようといなくなったあたりへ駆け寄ると、大きな穴が空いていた。
「ハポちゃん⋯⋯?」
何これ。なんで学園の敷地にこんな大きな穴が。まさか⋯⋯。
「ハポちゃん天才⋯⋯?いつの間に地面の採掘までできるように⋯⋯?」
「違ーーう!あの気味の悪い人形にそんなことできるか!」
「ハポちゃんは気味悪くないですー。かわいいですー!ブラジルのハポちゃん元気ですかー?」
底の見えにくい深い穴に向かって呼びかけると、穴の中から人影がシュンと猫のように飛び上がった。
「ぶらじるのハポちゃんではありません。綾部喜八郎です」
声と顔立ちが中性的で、どこかミステリアスな雰囲気のある美少年が現れた。
「ハポちゃんが人間に!?」
「ちがーう!本人の言った通りコイツは4年い組、綾部喜八郎だ!」
じゃあハポちゃんはどこへ?
まだこの中にいるのかと暗い穴を覗き込んでいると、「もしかして」とのんびりした声が背後で響いた。
「ハポちゃんってこれのことですかあ?」
「は、ハポちゃん⋯⋯」
とてもひどいかおになってる!
中の鉄板が曲がってしまったのか、ハポちゃんはカッコかわいいドヤ顔から一転、つぶれた梅ぼしみたいになってしまった。しかも泥だらけの手に掴まれて土汚れ。
「なんですかぁ、これ。変な人形」
「今は変だけど元はちゃんとかわいかったもん。ね、滝夜叉丸先輩!」
「えっ!?」
同意を求めた滝夜叉丸先輩は、ギョッとした顔になったあとサッと目を逸らした。
ひどい。それもこれも、緑の服の人がハポちゃんを叩きつけたせいだ!
「ちょっと貴方!ハポちゃんに対して何か言うことがないんですか!?」
「すまん、ついな。バレーボールにちょうど良さそうなトスだったからやってしまった!」
ハポちゃんを殴りつけた暴君は、快晴の空のようにからりとそう言った。さっぱりしていて憎むに憎めない。
しかも⋯⋯。
「バレーボール、知ってるんですか?」
「もちろん!バレーボールと言ったらこの私、七松小平太だ!」
この世界、バレーボールあるんだ。
「えっ超やりたい。私信じて跳ぶ方やるので、滝夜叉丸先輩は私の手にうまく当たる超精密トスお願いします」
「私を巻き込むな!」
「いいじゃないですか。ほら、特別にバレーボールの妖精、ハポちゃんあげますから」
「いらんわ!」
綾部くんから取り戻したハポちゃんを渡そうとすると、滝夜叉丸先輩に思い切りつっぱねられた。それもそうか。
「お古なんて嫌ですよね。今度ちゃんと新品あげます」
「いらん。絶対にいらん」
「いいんですか?滝夜叉丸先輩がいらないなら綾部くんにあげちゃいますよ」
「僕もいりません。穴掘りの邪魔です」
ハポちゃんが穴掘りに負けた。
そうすると残っているのは⋯⋯。
「じゃあホゲータ先輩にあげます」
「ナマエ、なんだその名前間違いは!?六年ろ組の七松『こへいた』先輩だ!」
「炎タイプっぽい名前だった気がして、つい」
「まったく君は⋯⋯」
滝夜叉丸先輩は顔を覆ってやれやれと首を振った。
あれ、もしかして私滝夜叉丸先輩に問題児扱いされてる?
「ところでお前、誰だ?見たことないくのたまだ!」
中間管理職みたいに肩を落としたままの滝夜叉丸先輩を置いて、小平太先輩は首を大きく傾げた。
八方斎に「家のことを詮索されてもドクタケ領主の娘であることはもちろん、ドクタケ領内の出身ということも誤魔化すのですぞ」と言われているし、滝夜叉丸先輩のときと同じシンプルな挨拶をしておこう。
「4年生に転入してきた、きの⋯⋯木之本ナマエです。よろしくお願いします!」
「木之本⋯⋯?聞いたことのない姓だな!家は何をしている?」
「えっと⋯⋯武家?」
「そうか!ウチも武家だがやはり知らん家だな!今度父上や母上に聞いてみよう!」
「待って待って待って」
ヤバいヤバいヤバい。
何この人?野生の勘?
聞いて欲しくないこと、やって欲しくないことをピンポイントで突いてくるんだけど!
せっかくの忍術学園生活が1ヶ月もしないうちに終了なんて嫌だ。なんとかして、怪しまれないようにしなければ。
「あっ!武家って私の勘違いかも!?父上が乗ってる馬、作り物だし!」
「作り物?どういうことだ?」
「あーー⋯⋯。えっと⋯⋯父上は、頭を打ってから『戦に出るぞー!』ってハリボテで作った馬を家の中で乗り回してる⋯⋯」
「ええ!お父さん、働かないでずっと家にいるんですか?しかもオモチャの馬で遊んでるんでるなんて、君のお父さんちょっと変なんじゃないですかあ?」
「バカよせ喜八郎っ⋯⋯!」
キョトンとした顔で純粋な疑問を向けてきた綾部くんの脇腹を滝夜叉丸先輩が小突く。
⋯⋯どうしよ。
武家感を薄めようと思って言ったのに、いつも「自分自分!」トークを繰り広げている滝夜叉丸先輩は心配そうな顔でオロオロしているし、いかにも熱血漢な小平太先輩は真顔になってしまった。2人の様子に、マイペースそうな綾部くんすら黙り込んでいる。
どうしよう、この空気。
「やっやだな〜先輩たち!父上は普通に元気ですよ!ちょっと作り物の馬に乗ってることが多いだけで!それに私って元々存在自体忘れられてるから父上が頭打つ前と後で生活ほぼ何も変わってないし!!」
「父君に存在を忘れられてる?そんなことがあるんですかあ?」
「喜八郎〜〜〜!お前は!!」
⋯⋯どうしよ。
微妙な空気に耐えられなすぎて最後の方余計なこと言ったかも。
滝夜叉丸先輩は「バカお前もう喋るな」とかなんとか綾部くんに小声で言ってるけど丸聞こえだし、綾部くんは奇異なものを見る目でじっとこちらを見ているし、小平太先輩は真顔のまま厳しい現実を目にしたように唇をキュッと噛んだ。
「あのほんと大丈夫っていうか⋯⋯、ほら!私にはハポちゃんがいますし!!」
ボロボロのハポちゃんを抱きしめながら言うと、滝夜叉丸先輩も、綾部くんすらもキュ⋯⋯とした表情になって肩を組んで何かを相談し始めた。
「なんかかわいそうですねぇ、あの子」
「まったくだ。あのブサイクな人形で孤独を慰めて来たのかと思うと痛ましい」
「そうだな。しかし二人とも、同情はさらにナマエを傷つけるかもしれん。同級生として普通に接してやれよ?」
ヒソヒソと何かを相談し終えたあと、3人はシュバッと並んでこちらへ向き直った。
「僕は今日から普通の同級生として君に接します」
「嬉しいけど、綾部くんなんで突然説明口調なんです?」
「まず僕の掘ったターコちゃん12号に落ちてみますか?」
「友情の築き方が独特!」
普通の同級生は学校の庭に穴掘りしないし、同級生を穴へ落とそうとしたりしない。
「ターコちゃん12号に落ちるのは滝夜叉丸先輩にお譲りします」
「私を生け贄にするな!」
「じゃあ小平太先輩」
「私も遠慮しておく。それより皆で走る方が私はいいと思うぞ!裏山まで、いけいけどんどーん!」
「どんどーん!」
なんか青春っぽくていい!
そう思いながら小平太先輩の背についていこうとしたけれど、先輩は爆速で進んで行って、一瞬で視界から消えてしまった。
YA'ABURNEE